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第4章⑧
久太郎はため息をついた。
「お盆前の日曜日に、じいちゃんの家にうちの父や叔父さんたちが集まることになったって言ったよね。お坊さんにも来てもらって、仏壇にお経を上げてもらう予定なんだ。それで前日に家の大掃除をする予定だったんだけど、俺と一緒に行くはずだった叔母さんに急に仕事が入って、いけなくなったって」
久太郎が、三重県にある祖父の家に帰省することは、すでに晴も聞いていた。その間、晴は久太郎の下宿で留守番する予定だった。
「掃除の人手が足りないのか?」
「うん。古い家だけど、広さだけはあるから。お墓の掃除もあるし、仏壇の準備もしないといけないし…どうしようかな。父さんに今から話して、来てもらえるかな…」
「俺が手伝いで行くのはどうだ?」
「それは悪いよ。俺の家のことだし…」
「かまわない。元々、久太郎の家の集まりだから、顔を出すのを遠慮していたが。そういう理由なら、行っても大丈夫だろう。俺を親戚に合わせるのが気まずいのなら、その間、適当に隠れておく」
久太郎は迷った。しかし、どのみち一人では、家や墓の掃除を一日で済ませられない。二日ならできなくはないだろうが、そうなると晴を三日近く下宿に置いていくことになる。もちろん子どもではないのだから、そこまで心配する必要はないかもしれない。
それでも、連絡がつかない――下宿に固定電話はなく、晴はスマホを持っていない――状態を長引かせるのは、忍びなかった。
「…ごめん。頼ってもいいかい?」
「頼るなんて。今まで、さんざん世話になったんだから。少しくらい、恩返しできる方が助かるよ」
こうして、晴は盆前の土日に、久太郎と共に三重にある彼の祖父の家まで行くことになった。
「…なあ、久太郎」
「なんだい、晴くん?」
「呉葉が言った花火大会の集合場所って、本当にここで合ってるのか?」
「そのはずだけど…」
バイクにまたがる晴と久太郎は、ヘルメット越しに互いの顔を見交わす。
それから改めて、目の前に長く連なる鉄柵を見上げた。
柵の向こうには手入れされた芝生が広がり、小学校の体育館ほどの大きさはある洒落た白亜の建物が夜間照明に照らし出されていた。念のために、久太郎はもう一度、平田に教えられた住所を確認した。ここで間違いなかった。
平田がもう着いているかもしれないと思い、久太郎は電話をかけてみた。だが取り込み中らしく繋がらない。
久太郎は仕方なく、バイクを入り口らしい門の前まで走らせた。
そこに立っていたガードマンが、やって来た二人組に一瞥をくれた。オンボロバイクと、バイクスーツを来た運転手、そして作業着のような珍妙な格好の男を見たガードマンは、即座に二人が招かれざる客であると、判定を下したようだった。
「おーい! ここから先は私有地だ。すぐに場所を移動しなさい」
「俺たち、友人に招かれて来たんです」
「友人?」
「名前は、平田呉葉です」
それを聞いた途端、ガードマンの態度が変わった。
携帯電話を取り出すと、誰かと話し始める。一分ほど待たされた後、
「失礼しました。中へどうぞ」
丁重に敷地の中へ通された。
久太郎はガードマンに指示された駐車場へ、バイクを停めに行った。すでに二十台くらいの車が並んでいる。その半分以上が、外国産の高級車であるようだった。
久太郎が晴と並んで歩き始めてすぐに、建物から小柄な影が現れて二人に向かって手を振った。
「お! 来たな、二人とも」
声を出すまで、その人物が平田だと晴は気づかなかった。
外見だけなら、どこぞの令嬢と言っても十分、通るだろう。――いや、政治家の娘なので実際にそうなのだろうが。
平田は色とりどりの竜胆をあしらった華やかな柄の浴衣を着て、いつもより念入りに化粧を施していた。短めの髪もうまく結い上げて、花のついた髪留めでまとめている。特徴的な薄い色の瞳と、どこか気だるげな表情だけは、普段と変わらなかった。
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