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第4章⑨

「馬子にも衣装だな」  晴が言うと、平田は鼻で笑って「私も全く同じ感想だ」と言った。  一方、久太郎は少し居心地が悪そうだった。 「こんなところに招かれると思っていなかったから、普段着で来ちゃったよ。まずかったな」 「安心したまえ。八割方の客は、君たちと似たり寄ったりの格好だよ。そのジャケットと…鈴木君は飛行服を脱げばの話だが。私はホスト側の人間だから、やむなくこんな格好をしているだけだ」 「ここ、呉葉の家なのか?」 「いいや。うちの母の所有だが、普段は結婚パーティや祝宴会場として貸し出している。それを毎年、花火鑑賞会の会場に使っているというわけだ。ーー花火を見るという名目で、関西圏の政治家やら商工会議所のお偉いさん、土建屋の社長なんかが来て、何やらあれこれ話しているが…ま、聞かない方が気楽でいられる」  平田は軽口をたたきながら、久太郎と晴を連れて二階建ての建物に入る。入り口のホールに記帳する場所があったが、係の者が平田を見ると顔パスで通してくれた。  そのまま、煌びやかな照明が灯る一階の宴会場に足をふみ入れると、そこにはビュッフェ形式の軽食が用意されていた。ざっと四、五十人ほどの客が料理の皿を手に、談笑している。平田の言った通り、ラフな格好の者が多くて、久太郎はほっとした。  平田が浴衣の袖をひるがえし、六人ほどのグループを指さす。 「あそこに、うちの父がいる。後で時間があったら、紹介するよ」  それだけ言って、二階へ続く螺旋階段へと二人を導いた。  階段を上がりきると、そこには一面がガラス張りになった開放的な空間が広がっていた。  その向こうはかなり広さがあるテラスで、モダンなデザインの椅子があちこちに配置されている。おそらく、あそこで花火を見るのだろう。二階にも客はいたが、花火の開始時刻までまだ時間があるので、一階ほどには多くはなかった。  平田は空いているテーブルの一つを選んで、椅子に腰を下ろした。 「二人とも、夕食がまだだろう。下で好きなものを取ってきて、花火が始まるまでに食べたらいい。だけど、久太郎君。バイクで来たなら、酒はNGだからな」 「もちろんだよ」  久太郎がバイクジャケットを椅子にかけ、晴も飛行服を脱いで半袖と半パン姿になる。  そのまま一階に向かいかけた時、 「鈴木君」  平田が晴を呼び止めた。 「少し、話をしてもいいか?」 「…ああ」  晴が席に戻る。久太郎が晴の方を見て、目で「大丈夫?」と問う。 「問題ない。先に行っててくれ」 「分かった」  久太郎が階段へ向かうのを見届け、晴は平田の方へ向き直った。 「前に、呉葉がくれたようかん。うまかったよ」  思いがけないことを言われ、平田の反応が一瞬、遅れる。 「…大したものじゃない。でも、おいしく食べてもらえたのなら、よかった」  そう言って、平田は心持ち頭を下げた。 「――この前は、言いすぎた。悪かったと、今は反省している。謝罪させてくれ」 「もう。いいさ。怒ってないし、大丈夫だ」  晴は言った。 「俺の方も、かっとなって悪かったよ。怖がらせたみたいだったし」 「…私は別に、何も怖がってなどなかったが」 「いや。久太郎の部屋の収納扉叩いた時、大分、びびってたろ」 「びびってなどない」 「顔、引きつってたぞ」 「そんな訳がない。私はいたって平常だった。君の見間違いだろ」 「……強情女」 「なんだと、傲慢男」  平田がツンとあごを上げる。晴は口をつぐんで、目を逸らした。また口論をして、険悪な雰囲気になるのは嫌だった。だから、自ら矛をおさめて、降参することにした。 「その浴衣。かわいくて、よく似合ってるよ」 「どうも。ま、浴衣だからまだ耐えられるが、振袖を着るのは勘弁だな。重いし、動きづらいことこの上ない」  そう言いながら、平田は手にした巾着の中から、小ぶりの箱を取り出し、晴の方へ押しやった。晴が中身を尋ねるより先に、「連絡用のスマホだ」と平田が告げる。 「鈴木君はスマホもパソコンも、持っていないだろう。それ、あげるから使ってくれ」 「いや…もらえない。こんな高価なもの」 「気にするな。型落ち品だし、契約したギガは一番安いやつだ。電話とショートメッセージのやり取りに不自由はないが、動画を見たらすぐにギガがなくなって低速モードになる。そのつもりで使ってくれ」  晴は渋い顔になる。八十年後の世界にも大分、慣れてきたと思っていたが、それでも平田の説明の半分も理解できなかった。しかし、スマホがそれなりに値の張る品であることは昨日、電気屋で見て知っていた。  晴がなかなか受け取ろうとしないので、平田は見かねて提案した。 「なら、こうしよう。鈴木君、こちらの時代に来る時、八十年前の品物もいくらか一緒に持ち込んだんだろう。何か一つ、交換で私にくれればいい」 「大したものは、持ってないぞ」 「それは、君の価値基準でだろう。一見、無価値に見えても、意外に貴重なものもある。特に旧軍の品には、コレクター間で高値で取引されているものも少なくない。そうだな。私としては十四年式拳銃など、垂涎ものなのだが…」 「絶対に、やらないからな」  晴は断固たる口調で言った。  申し出を断られた平田が、わざとらしく頬をふくらませる。何も知らない人間なら、可愛らしいと思うかもしれないが、無論、晴はそんなものでごまかされたりしなかった。  平田も猫の皮をかぶって取り繕うことに、すぐに飽きたようだ。 「…まあ、そういうことだから。不用品があったら、見せてくれ。適正価格で引き取るよ。ーーほら、スマホ」  再度、押しやる。結局、晴は受け取った。あまりに頑なな態度で、他人の好意をむげにするのも逆に失礼だと思った。  さて。スマホに見合うもので、平田に渡して害のないものがあっただろうか…。

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