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第5章②

 曲がりくねった山道を、久太郎のオンボロバイクがうなりを上げて登っていく。  道は急カーブ続きだ。ひとたびハンドル操作を誤れば、山の急斜面か谷底へ真っ逆さまに落ちていくだろう。内心で、晴は少しヒヤヒヤした。バイクは戦闘機よりはるかに遅い乗り物だが、そもそも空中では速度を感じる対象物が、敵味方の戦闘機か雲くらいしかない。体感としては、地上を走る乗り物の方が、時に速さを実感できた。  もっとも、久太郎にとっては慣れた道のようだ。一定の速度を保ちつつ、なめらかな動きでハンドルを、右へ左へとさばいていく。  峠を越えたところにある広場で、久太郎はバイクを停め、小休止をとった。 「じいちゃんとばあちゃんの家、だいぶ山の中なんだ」  お茶を飲み、久太郎が言った。セミがひっきりなしに鳴いている。 「市街地からは車で三十分はかかるし、集落からも少し離れてる。バスも走ってないから、行こうと思ったら、車かバイクが必須なんだ」  今乗っているバイクを入手した頃は、月に一度のペースで祖父の家を訪れていた。  大学に進学した後、訪問の頻度は減ったとはいえ、それでも二、三ヶ月に一度は、必ず行くようにしていた。 「晴くんが来てくれたら。きっと、じいちゃんもばあちゃんも喜ぶよ」  それから、思い出して付け加える。 「ーーひいじいさんもね。喜ぶより、びっくりするかな」  山の谷間につくられた十数軒ほどの集落を抜け、バイクはさらに川沿いに一キロほど走る。  しばらくすると木々の間から、瓦屋根がちらりとのぞいた。久太郎はバイクをそちらへ走らせ、やがて見えてきた石垣の前で停車させた。 「着いたよ。さ、降りて降りて」  久太郎はヘルメットを脱ぎ、晴と共に砂利道を登っていく。  登り切った先に現れたのは、平家の日本家屋だった。母家だけで、晴の実家の倍はありそうだ。それに造りも立派だ。庭の一角にはいかにも古そうな土蔵があり、錆び気味の錠前がかけられていた。  「如月」の表札がかかった玄関へたどり着くと、久太郎は持っていたカギで玄関の扉を開けた。 「ーーこんにちは! じいちゃん、ばあちゃん。久太郎が来たよ」  あいさつが、静まり返った廊下に響く。  返事はなかった。  久太郎はかまわず、晴をうながし靴を脱いで上がった。そのまま、真っ先に洗面所へ向かい、配電盤を開けてブレーカーを上げる。  電気がついたところで、久太郎は仏間に向かった。晴に手伝ってもらって雨戸を外し、窓を全開にする。差し込んできた日差しと外気が、閉め切って澱んでいた室内の空気を薄めていく。  久太郎は仏壇の前に正座し、観音開きの扉を開けた。  ホコリを軽く拭った後、引き出しにあったロウソクに火を灯して、線香を上げる。  それから(りん)を鳴らし、瞑目して手を合わせた。  …ややあって、人の気配を感じた久太郎は、薄く目を開けた。少し後ろで、晴が同じように手を合わせてくれていた。 「――二年前だっけ。亡くなったの」 「うん」久太郎はうなずく。 「俺が大学に入った年の十二月にね。あとで聞いたら、すごく寒い日だったらしい。多分、気温差が負担になって、脳溢血を起こしたんじゃないかって…葬式に来た主治医の先生が言ってた」  久太郎は、仏間のなげしを仰ぐ。  この家で暮らし、そして人生を終えた人間の遺影が飾ってある。一番、真新しい友弥の写真は、先に逝った祖母の隣にあった。  写真の中の祖父は、久太郎の記憶にあるのと変わらぬ優しい笑みをたたえていた。

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