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第5章③
なげしに並ぶ写真の中に、晴は懐かしい男の姿を見つけた。
――如月大尉どの。
思わず一礼した如月久弥の写真は、やや輪郭がぼやけている。多分、小さい写真から引き伸ばしたからだろう。軍帽をかぶり、柔和な如月には珍しく、しかめ面をしている。写真屋の注文で精一杯、威厳を出そうとしたのかもしれない。この写真だけ見れば、いかにも厳粛な軍人に見えた。
写真を見つめる晴の隣に、久太郎が並ぶ。
「――ひいじいさんの写真。子どもの頃から見てるんだけど、おっかなそうな人って印象しかなかった」
「本物は、もっと優しいお人だ。それに写真より…」
美男子だ、と言いかけて晴は途中で口をつぐむ。
「写真より、何?」久太郎が聞きとがめた。
「…背のでかい人だよ。写真だと分かりにくいけど、久太郎くらいはあった」
「昔の人なら、大柄な部類だね。そういえば晴くん。前に、俺とひいじいさんが似てるって言ってたね。こうして写真を改めて見ると――…うーん、ほんとに似てる?」
「似てるよ。違うところも、たくさんあるけど」
晴は故人となった如月久弥と息子の友弥、それから久太郎の顔を見比べる。
そこで、あることに気づいた。
「――みんな笑い方が、よく似てる。大尉どのと久太郎だけじゃなくて、久太郎のじいちゃんも。血がつながっているから、当然と言えば当然だが…」
晴はつぶやく。
「親が笑顔でいてくれると、子供もなんとなく嬉しいだろ。親が笑う顔がいいと思って、真似して似てくるのかも……なんてな」
如月久弥は結局、我が子とほとんど時間を過ごすことなく戦死した。
生まれてすぐの赤子は、ほとんど目が見えないらしい。それでも、赤ん坊の息子が父親の喜ぶ顔を脳のどこかで覚えていることだって、あり得るんじゃないかと思った。
「…じいちゃんが生きてて、晴くんと話ができたら、きっとすごく喜んだと思う」
「俺も話がしたかったよ。大尉どのの息子さんと」
晴は仏壇を見やる。
「掃除とか色々、済んだら。また夜にでも話そうか?」
「うん。聞かせてあげて」
久太郎は言った。
それから家中の窓を開けて、風を通しながら、明日、人が出入りする仏壇や玄関、台所を中心に掃除を進めていった。
山中ということもあり、京都市内より大分、過ごしやすいが、それでも暑いことには変わらない。仏間と台所は清掃後はずっとエアコンをかけたままで、時折、二人はそこに避難して暑さをやり過ごした。
夕暮れ前に、久太郎は晴と共に墓地の清掃に向かった。蚊やアブだけでなく、山ビルとムカデが出るので、この時だけは長ズボンに履き替えて、念入りに虫除けスプレーをふりかけた。
如月家の墓は、小さな寺の裏手の墓地にあった。来る途中に通った集落の、さらに向こう側である。明日には、そこの住職が家までお経を上げにきてくれる。
墓に向かう前に、久太郎は挨拶しておこうと思ったものの、盆の時期を迎えた住職はあちこちの家を訪れていて、ほぼ一日、留守とのことだった。
帰省して墓参りに来る者も、少なくないのだろう。
いくつかの墓石の前には、今日、供えたばかりの真新しい花や、線香の煙が見てとれた。
「五月の連休の時に一度、来たきりだったから…やっぱり、放置するとすぐに雑草だらけになっちゃった。ごめんね、じいちゃん、ばあちゃん」
久太郎は謝って、さっそく掃除に取りかかった。前回、晴の家の墓を掃除した時と同じ要領で、生えた草をぬき、墓石に水をかけて汚れを落としていく。
墓石のそばには、故人の名と戒名が刻まれた墓碑もあった。晴が驚いたのは、その数の多さだ。大正、明治はまあいいとして、それ以前の江戸時代の年号が、ずらずらと並んでいる。
「一番、古い人で一八四六年だったはずだね。亡くなったの」
久太郎があっさり言った。
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