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第5章④
「確か、俺から数えて七代前の先祖だよ」
「久太郎の家、武士か何かか?」
「あはは、違うよ。れっきとした農民だ。ただ今でいう村長みたいなことやってて、少し裕福があったってだけ」
久太郎が御影石の表面を撫でる。
「この墓、じいちゃんがわざわざ建て直したんだ。その時、うちの土蔵にあった古い文書なんかを調べて、分かる限り、先祖の名前も彫ったんだって。だから、こんなに大勢になったみたい」
「すごいな。俺なんて、自分のじいさん、ばあさんくらいまでしか知らないぞ」
「それが普通だと思うよ。うちのじいちゃんが、特別ご先祖様のことを大事にする人だったから。『今の自分が存在しているのは、顔も知らない誰かが、血を繋いできてくれたからだ』って――」
祖父、友弥の思いの根底には、戦死した曽祖父の存在があったのだろうーー久太郎は、そう思う。祖父は一度も、久太郎に結婚して子どもを持って欲しいと言ったことはない。
けれども、十中八九、そうなることを望んでいただろう。
「………」
結局、同性ばかり好きになることを、久太郎は祖父にも祖母にも言えずじまいだった。
他のことはなんでも、それこそ両親に話せないようなことまで、祖父母には話せたのに、その秘密だけは最後まで打ち明けることができなかった。
話せばきっと、二人を混乱させ、悲しませることになっただろう。それとも、打ち明けるべきだったか? ーーいまだ、久太郎には分からなかった。
晴の後ろ姿を眺め、心の中でつぶやく。
ーーじいちゃん、びっくりしないでね。俺、本気でこの子に恋しているんだ。
その時、久太郎が見ている前で、墓碑に屈み込んだ晴が指で一つの名前をなぞった。
ーー如月 久弥ーー
まるで誰かと指を絡めるような、その仕草が妙に久太郎の心に引っかかった。
墓石を磨くふりをして、久太郎は晴の横顔をそっとうかがった。
故人を懐かしみ、亡くなったことを悲しんでいるように見える。
でもーーそれだけじゃないと、久太郎は直感的に悟る。もどかしさを覚えかけた時、久太郎の脳裏に、あの日、神社で交わした会話がよみがえった。
――晴くんは、あっちの時代に好きな人、いたの?――
――いたよ――
――会いたいよね――
――会いたいな。でも無理だ。その人はもう、死んでしまったから――
「――久太郎?」
晴が振り返る。固まっている相手を見て、不審げに眉を寄せる。
「手、止まってるぞ。どうした?」
「え? …ああ、ちょっとぼんやりしちゃってた」
「大丈夫か? しんどかったら、座って休むか?」
「平気だよ」
久太郎はぎこちなく笑う。
「大分、きれいになってきたね。そろそろ、花と線香を備えて戻ろうか」
ヒグラシが鳴く中、家路につく道すがら、久太郎は晴に対して、なんとかいつも通りの態度を保った。けれども心の中では、一度抱いた疑いが膨らんでいく一方だった。
晴が好きだと言った相手は――久太郎の曽祖父、如月久弥だったのではないかと。
――久太郎。なんとなく元気なかったな。疲れてんのかな。
墓地からの帰り道も、その後、一緒に夕飯を作り、それを食べている間も、久太郎はいつもより表情が冴えなかった。今は、風呂に入っている。疲れているなら、早く寝かせてやった方がいいと思って、晴は夕食後すぐに湯を沸かした。食後の後片付けも引き受けた。
食器を洗い終わると、晴は仏間とひとつづきになっている和室で、ゴロリと横になる。それから、充電していたスマホの電源を入れた。
晴は最初に、メッセージアプリと電話を確認した。平田からの連絡はない。それを見て、晴はため息をついたが、さほど失望はしなかった。明子を見つけられると平田は言っていたが、どれほど時間がかかるかは明言しなかった。
出発前に一度、晴は平田に「手伝えることはないか?」とメッセージを送ってみた。
返ってきたのは「フヨウ 」のカタカナ三文字だった。…いや、電報かよ。
そういうわけで、あせらずに朗報を待つしかないようだった。
目を閉じた晴は、ふと思い立ってカメラのアプリを起動させる。
フォルダを開くと、そこに久太郎の寝顔を真近で撮った写真が保存されていた。晴は顔をほころばせる。花火大会があった夜、こっそり撮った写真だ。
「…これ。待ち受け画面にしたら、だめだよな」
久太郎に見とがめられた時、うまくごまかす自信がない。
また晴としては紙の写真で持っておきたかったが、余計にまずいことになりかねない。だからこうして、久太郎がいない時、こっそり見返すだけで満足していた。
ちょうどその時、廊下の方で人の気配がした。晴は急いでスマホの電源を落とした。
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