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第5章⑥

 汽車の絵。 〈オトウサン ト ノロウ〉  象の絵。 〈オオキイネ オハナ ナガイネ〉  三角屋根の家の中で、父母と子が食事をしている絵。 〈オカアサン ノ オリョウリ オイシイネ〉……ーー。    鉛筆で書かれた絵は稚拙とまでは言わないが、うまくもない。  ただどの絵にも、我が子に向けた如月の愛情がにじみ出ていた。  絵を見る内に、晴の目には涙がたまってきた。  如月は自分が遠からず、戦死することを予期していたのかもしれない。だから、せめて自分が息子としたかったことを、息子にしてやりたかったことを、絵と短い文で伝えようとしたのかもしれないと、そう思った。  行李の中には、他にも如月の写真や、彼が家で着ていたと思われる着物が、何枚か納められていた。  それらをあらかた見終わった後、久太郎が思いがけないことを口にした。 「――もし欲しいものがあったら言って。譲るから」  晴は驚いて首を振った。 「いや、それはダメだ。さっき、言ったじゃないか。久太郎の叔父さんたちとの約束で、手をつけられないって」 「うん…そうなんだけど。叔父さんや父さんより、晴くんの方がずっと大事にしてくれると思うから」  久太郎は苦い笑いを浮かべる。どういうことかと、晴が尋ねるより先に、久太郎が言葉を重ねる。 「ひいじいさんと、仲良かったんだよね」 「大尉どのは上官だ。『仲がいい』というのは、ちょっと違う」 「だけど、嫌いじゃなかったんだよね」 「…ああ」 「好きだったの?」  久太郎の口をついて出たのは、まわりくどさも、婉曲さもない問いかけだった。  晴が絶句する様子を見て、久太郎は言ってしまったことを後悔する。  けれども、もう引き返せなかった。 「晴くんが言ってた『好きな人』って。俺のひいじいさんの如月久弥だったんじゃない?」 「そんなわけないだろ!」  否定の言葉が、即座に晴から返ってきた。  久太郎を睨み、晴は顔をそむける。そのまま、 「――変なこと、言うなよ」 「ごめん」久太郎はすぐに謝った。 「今の、忘れて」    気まずい雰囲気を引きずったまま、二人は蚊帳に入った。  普段なら、眠るまでの間つらつらと、とりとめのない話をする。けれども、今日はどちらも黙り込んだまま、時が過ぎていった。  仏間にある古い柱時計が刻む、カチカチという音が耳に届く。背中合わせの状態で、久太郎は丸めたタオルケットに顔をうずめた。  頭の中で、複雑な思いが渦巻いている。身体は疲れているのに、眠れそうになかった。   ――晴くん。  久太郎は心の中で呼びかける。 ――ウソ、下手だよ。  否定の言葉と裏腹に。あの時の晴の平静さを失った態度が、全てを物語っていた。  晴が好意を持っていた相手が、如月久弥だったのだと、久太郎は確信した。  久太郎と同じ。好きになったのは、同性だった。それが分かったことだけは、嬉しかった。  だが――。  小さい頃から見てきた、仏間に掲げられた白黒写真の男。いかめしい顔の軍人。  自分と外見だけは似ているという曽祖父に、久太郎は嫉妬に近い感情を抱いた。

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