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第5章⑬
ズバリ言われて、久治はバツの悪い顔になる。
一方、久美は軽蔑したように顔を歪めた。
「人の家のことに口出しするなんて、親のしつけがなってないわね。これだから、最近の子は…」
「俺は、『最近の子』じゃないが」晴は小声でつぶやいてから、言った。
「ーー兄弟三人とも、大学まで行かせてもらったんでしょう。裕福だとしても、なかなかできることじゃない。親に育ててもらって、よくしてもらった恩を忘れるのは、あんまりにもひどくないですか」
「はあ? 子どものために親ができる限りのことをするのは、当然のことでしょう」
久美は言った。
「私には子どもが二人いる。子どもたちのために、やってあげられることは全部、やってきたわ。それが当たり前だもの」
「じゃあ、その子どもが、母親の死んだ後、感謝の言葉ひとつ言わずに、文句ばかり並べてたら? 悲しくなりはしませんか」
この指摘には、さすがの久美も黙り込んだ。
「…久太郎から聞きました。亡くなった友弥さんは、この家や、自分が生まれた直後に亡くなった父親や、先祖の人たちのことを大切にしていた。多分、その人たちがいなければ、自分も存在しなかったって、きちんと分かっていたんでしょうーー親父さんの遺産が欲しいっていうのなら。親父さんのそういう志を受け継ぐことも、心がけるべきじゃないですか。少なくとも、親父さんの法事の細々した準備を、兄貴の長男に丸投げした挙句、さも自分がやったみたいに吹聴するのは、いい歳した大人がやることじゃないですよ」
久美は言い返さなかった。ただ、顔を赤くして、晴に一瞥もくれずに部屋から出ていく。その後ろに、久治が肥えた身体を縮めてつき従って行った。
二人が階段の下へ消えた後、晴は大きく息をついた。
久美が言うように、他人の家のことに口を挟みすぎたと、思わないでもない。しかし、どうしても言わずにはいられなかった。
久太郎の祖父が大事にしてきたものを。昨日、目にした如月久弥の遺品を、ガラクタ呼ばわりされて、晴は本気で腹を立てていた。
一階へ降りた後、晴は台所ではなく仏間の隣にある和室へ向かった。久美が久太郎に八つ当たりした場合に備え、すぐに飛び出していけるようにと、思ったのだ。
幸い、その懸念は杞憂に終わった。
仏間の方から聞こえてきたのは、夕方から天気が荒れそうなことと、そうなる前に出発した方がいいという会話だった。
晴は縁側から外を見た。空がすっかり雲で覆われている。雨の中、あの山道を走るのは確かにぞっとしなかった。
結局、夕方ごろには久太郎と晴をのぞく全員が、泊まらずに帰ることになった。
家の下の道まで、久太郎は見送りに行く。まず叔母夫婦の車が出て行き、その後、
「それじゃ、久太郎くん。また今度。鈴木くんにも、よろしくね」
香絵が運転席から手をふり、叔父夫婦の車も走り去っていった。
最後に残った久紀が、車に乗り込む前に息子にたずねた。
「今日も、ここに泊まっていくのか」
「うん。片付けて、明日には京都に帰るよ」
「お盆の間、うちには帰ってこないんだな」
「うち」とは、久太郎の実家のことだ。久紀は今、そこに一人で暮らしている。母のエリカは一年の大半をアメリカで過ごしているし、久太郎も大学に入って一人暮らしを始めてから、あまり戻っていない。
「…バイトで忙しいから」
戻れないことはない。実際に、地元の友人たちと会う時などは戻っている。けれども、そういう機会がなければ、あえて行こうとは思わなかった。
子どもの頃、久太郎にとっての父親は朝、家を出て行ったら夜遅くまで帰ってこない人間だった。休みの日も、一緒に何かをして過ごした記憶がほとんどない。
夏休みのような長期休みともなれば、共働きの両親は、小学生の息子を祖父母に預けることで、もろもろの面倒ごとを解決した。夏休みの初日に預けられると、最終日まで両親が久太郎の様子を見に来ることは、ついぞなかった。
…父親との関係をもう少し改善すべきなのは、久太郎も分かっている。
けれども、果たして父がそれを望んでいるのか、自信を持って断言できなかった。
何かでこじれた関係なら、まだ修復の望みはあるかもしれない。けれども、最初からまともに築かれてこなかった関係の場合、どうすればいいのだろうか?
今では、両親と向き合うたびに思うのだ。
息子を持ったことについて、父も母も本心では後悔したんじゃないか、と……。
久紀が車に乗り込む。
竹林の向こうに父の車が消えるまで、久太郎はぼんやり眺めていた。
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