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第5章⑭
日が落ちてしばらくすると、本格的に雨が降り始めた。
親戚たちが帰った後、久太郎は晴と手分けして後片付けを行った。終わる頃には、二人ともクタクタになっていた。
「夕飯、簡単なものにしない?」
久太郎の提案に、晴は「賛成」と答える。
元々、カレーでも作ろうと思って材料をそろえていた。それをやめて、野菜炒めで済ますことにする。そこに炊いたご飯と、レトルトの味噌汁、パックづめの煮豆をつけ、早めの夕食をとる。
食事が済むと、久太郎が皿洗いを引き受け、先に晴に風呂に入ってもらうことにした。
時間が経つほど、外では雨だけでなく風も強まってきた。台風ではないからと、雨戸は閉めなかった。そのせいで、縁側のガラス戸がずいぶん揺れている。
久太郎が風雨の勢いを確かめるために、流し台のそばの小窓から外をのぞいた時だ。
カッと、紫白色の稲妻が視界を斜めに走りぬけた。一秒も立たないうちに、大気を引き裂く轟音があたりに響きわたった。
思いがけず近くに落ちた雷に、久太郎は反射的に首をすくめる。
その直後、台所も含めて家中の電気が消えた。
「うわっ…」
予期せぬ停電に、久太郎は驚く。しかし、すぐに晴が風呂に入っていることを思い出す。
手探りでテーブルに置いてあったスマホを見つけると、久太郎はライトをつけて真っ暗な家の中を慎重に歩き始めた。
「晴くーん。大丈夫?」
歩きながら久太郎は呼びかける。風呂場の方から、「おう」という返事があった。
久太郎はほっとして廊下を進み、脱衣所の引き戸を開ける。
てっきりまだ風呂場にいると思っていた晴が、そこにいた。服を着ておらず、身体を拭ったらしいバスタオルを持っている。
要は、一糸まとわぬ素っ裸の状態だった。
「わっ、まぶしい…」
スマホのライトを浴びて、晴は目を手で覆った。隠すべき場所は、多分別のところだったろうが。久太郎は慌ててライトの位置をずらしたが、スラリとした肢体を目に焼きつけるには十分だった。
今まで一緒に暮らしてきたし、季節は夏だ。晴がトランクス一枚で歯を磨く姿を、久太郎は何度も見かけている。…見かけたら、なるたけすぐに退散するようにしていたが。
しかし下着の下に隠されていた部分は――黒い叢からのぞく陰部や、腰から太ももにかけて盛り上がる弾力のありそうな尻など、この時、はじめて目にした。
「…服、着られそうかい?」
自分の口から出た声がうわずっていることに、久太郎はヒヤリとする。
幸い、晴が気づいた様子はなかった。まだ濡れていた髪をふくと、置いていた着替えに袖を通し始めた。
ブレーカーが落ちていないことを確かめた後、久太郎は晴を連れて、玄関へ向かう。
その間、また落雷があったが、先ほどに比べれば遠かった。
街灯もろくにない田舎である。夜、出歩く場合に備えて、祖父母はいくつも懐中電灯を持っていた。その内、二つほどを選んで、玄関先の下駄箱に置いておいたのが幸いした。
久太郎は一つを晴に渡し、もう一つを点灯させる。それからひとまず、昨日寝ていた和室へ行った。テレビのリモコンをいじり、久太郎がため息まじりに言った。
「――だめだね。つかない」
「仕方ないな」
「晴くん、落ち着いてるね」
「昔は停電なんて、しょっちゅうだったからな。というか、週一で電気が使えない日があった」
「そうだったね」
晴がこちらの世界に来たばかりの頃を、久太郎は思い出す。月曜日に、電気が普通に来ていることに驚いていた。
「久太郎。風呂、入るよな」
「うん。昼間、汗かいたから、できたら入りたいな」
「じゃあ、俺も一緒に行くよ」
一瞬、晴が一緒に風呂に入るのかと思って、久太郎は固まった。もちろん、そんなことはなかった。
「うっかり、暗闇でコケたら大変だろうから。脱衣所のところまで、ついてくよ」
「え…? ああ、うん」
久太郎は内心、ほっとした。
けれども心のどこかで、晴の返事を聞いて自分が残念がっていることに気づいていた。
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