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第5章⑯
外の嵐は今がピークのようだ。雨が屋根をたたく音が、家の中まで響いている。
それと裏腹に、蚊帳の中はひどく静かだった。
久太郎は意図的に、息づかいを押し殺している。熱を帯びた指が蜘蛛か何かのように、晴の腹や肋骨の辺りを蠢いている。
晴は目を見開いたまま、動けなくなった。
久太郎は寝ぼけているのか?
いや、不自然に息が聞こえないところからして、絶対に起きている。相手が晴とわかった上でやっている。
晴は混乱した。久太郎がそういう人間だと、思ったことがなかった。普通に女が好きだと思っていた。晴と同じ――同性に欲情するなんて、予想だにしなかった。
晴を起こすのを恐れてか、久太郎の手の動きは遠慮がちだ。
逆にそれが、絶妙に焦 らす効果をもたらした。
晴は動かぬまま、眠ったフリを続けていたが、徐々に難しくなってきた。身体が火照る。腹の内側が切ない。少し前から勃ちはじめていて、自分で自分のものに触りたくてたまらない。
久太郎の指が胸の突起に触れた時、晴はついに我慢の限界を迎えた。
口から、震える「あっ…」という声がこぼれ落ちる。
久太郎にも聞こえたのだろう。指の動きが止まる。
晴は浅い喘ぎを漏らして、ついに相手の手をつかんだ。それから固まっている久太郎の方へ身をよじり、その胸に顔をうずめた。
「…今さら、やめるなよ。頼むからーーもっと、してくれ」
久太郎から返事はなかった。声に出しては。
息をめいっぱい吸い込んむ音がして――多分、一分近く息をするのを忘れていたのだ――、晴の首に唇をはわせた。
「…うっ…あ」
晴は途切れ途切れに喘いだ。汗ばんではりつくシャツをまくって、その下の肌を久太郎の指がまさぐってくる。しかしすぐに、邪魔だとばかりにシャツ自体を剥ぎ取られた。同じタイミングで久太郎も服を脱いだ。
覆いかぶさってくる相手を、晴は両腕を広げて受け入れた。むき出しの素肌が触れて、互いに吸いつく。晴のあごから頬へ、久太郎が何度もくちづけてくる。
口で口を塞がれた瞬間、晴は「んっ…」と歓喜の声を上げた。
晴の方からもキスを返す。久太郎の口がゆるんだ時、自分の方から舌を入れ、歯列の裏をなめ回した。
足が絡み、互いの股間が擦れる。ズボンの上からでも、久太郎のものの膨らみは明らかだ。晴も固くなっている。
久太郎は少しだけ身体を起こすと、残っていた晴と自分の服を、まとめてむしり取った。
久太郎は晴を抱き寄せ、またキスを浴びせる。そのまま勃起した互いのものを擦り合わせ、手でしごきだした。
「いっ…! あぁ…――!」
あまりに気持ちが良すぎて、意識が飛びかける。快楽が急激に高まり、竿の先から透明な雫が溢れてくる。達しそうな気配を覚えて、晴は懇願した。
「いや……まだ…ーーイキたくない…」
晴の頼みを、久太郎は聞き入れなかった。
より一層激しく手を動かし、晴の唇や舌を貪ってくる。
荒波にのみ込まれるように、晴はあっけなく自分を手放した。
「あーーっ…!」
叫び声とともに、決壊する。熱い白濁が飛び散って、二人の腹をよごした。
蚊帳の中は一筋の光もないのに、視界がチカチカした。呼吸が荒い。余韻がおさまるより先に、久太郎が射精したばかりの晴のものを撫で回した。
「うひゃっ…」
情けない声が口から漏れる。出した直後で敏感になっている。
久太郎は、ぐったり力の抜けた晴の体を、後ろから抱き寄せると、再びまさぐり、愛撫しはじめた。
「う……やぁっ…! あー…」
つむった両目に涙がにじんでくる。イッたばかりの身体に、容赦なく刺激が加えられる。
後戯なんて生やさしいものではない。
なすすべもなく喘いでいると、両足が押し広げられ久太郎の足が割り込んできた。足を絡めるのかと思った直後、太くて熱いものが、後ろから差しこまれた。
半勃ちになった自分のものが、ガチガチになった久太郎の肉棒で擦り上げられる。挿れられてはいない。俗に言う素股だ。
自分が放った精液と久太郎のつけた唾液で、十分なくらいに滑る。前後する相手の動きに合わせて、晴は言葉にならない呻きを発する。だらしなく開いた口から、ダラダラと唾液が流れるが、かまう余裕もない。
染みをつくった枕に顔を埋め、晴は二度目の絶頂を迎えた。
…痴態が何時間続いたか。はっきりしたことは言えない。
ただ、見栄も羞恥心もかなぐり捨てて、行為に溺れた。何度か蚊帳にぶつかって、そのたびに不自然な力が加わってたわんだが、奇跡的に落ちてはこなかった。
行為のさなかに、晴の耳元で久太郎がささやいた。
「――好きだよ、晴くん」
久太郎も少なくとも一度、達していた。二人とも汗と体液にまみれて、体中ぐちゃぐちゃになっていた。
「君はひいじいさんが好きなんだろうけど。俺は、君が好きだ」
晴は反論しようとした。けれども、その前に久太郎に口を塞がれて、言えずじまいになってしまった。
――俺もお前が好きだよ、と。
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