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第6章②

「暸子さんを探し出すのは、そこまで難しくなかったよ」  電話口で、平田は言った。 「生まれた年と尾道市の高校に通っていたことは、君と久太郎君の話から分かっていたからね。まず手始めに、その高校の卒業アルバムを入手した。どういうルートで手に入れたかは、聞かないでくれよ。で、そのアルバムには彼女の同級生たちの写真だけじゃなく、住所と電話番号が全員分、載っていた。ーー個人情報の保護なんて発想がなかった時代のことだ」  平田はそこから、地元に残った者たちを探し出し、連絡を入れた。  鈴木暸子の伯父で、戦中に航空兵だった人物の遺品が見つかったので、遺族の方にそれをお返ししたい、と。  何人目かで、平田は手応えを得た。 「暸子さんの親友だった人がいてね。彼女から、本人に行き着くことができた」  鈴木暸子――現在は戸塚と姓が変わった女性は、夫と倉敷市に住んでいた。  平田はさっそく暸子に会いに行き、遺品――晴が所持していた家族写真――を映したスマホの画面を見せた。  今年、七十四歳になる戸塚暸子は、薄いベージュのワンピースを着て、銀髪を後頭部で束ねた上品な装いでやってきた。待ち合わせた喫茶店で、平田のスマホをよく見るために、彼女は老眼鏡をかけた。  まだ幼児だった明子に面影があったこともさることながら、決定打となったのは晴や明子の母親――暸子にとって、祖母に当たる女性が写っていたことだった。 「――驚いた。確かに、おばあちゃんです」  暸子は断言した。暸子にとって祖母は、本土に働きに出ていた母に代わり、自分を育ててくれた人だ。写真でも、見間違えはしなかった。  平田は写真の持ち主たちが、暸子の母親――明子に会うことを希望していると伝えた。  それを聞いた当初、暸子は難色を示した。 「見ての通り、私はあなたのおばあちゃんくらいの歳だけれども、母はもっと年寄りなの。ちょっと前まで岡山の老健施設に入っていた。でも、二十年くらい前に患った癌が、再発して…今は入院中なんですが、年齢的にも体力的にも手術が難しくてね…」  それから十分ほど、平田は暸子から母親の病状や、介護の大変さを聞かされた。いい加減、しびれを切らしかけた時、ため息まじりに暸子が告げた。 「でも、ここまでいらしていただいて、お断りするのも悪いわ。ちょうど今日、病院に行くつもりだったから、母に直接聞いてみます」 「ありがとうございます」 「…会いたいというのなら、急いだ方がいいかもしれないわ。医者が言うには、歳も歳だし、いつポックリ逝ってもおかしくない病状だから」   久太郎と晴は、昼過ぎには三重から京都に戻った。  洗濯できそうなものだけ持ち帰り、布団などは一週間後くらいに、再度行って片付けることにした。  その日の夕方、再び平田から晴と久太郎に連絡が入った。 「明子さん。会ってくれるそうだ。暸子さんが言うには、そちらの都合で、いつでもいいと言っている」  それを聞いて、久太郎が言った。 「早くても大丈夫なら。明日にでも、会えるかな?」  平田は「大丈夫だ」と請けおう。  それから夜にかけて、何度かやりとりを交わし、最終的に翌日の午後二時半に、入院先の病院の前で全員、おちあうことを決めた。  明子が入院している病院まで、公共交通機関でアクセス可能だった。連日、炎天下でのバイク移動はさすがに身体にこたえる。そう考えて、今回は京都発の高速バスに乗ることにした。 「――鈴木君。約束はちゃんと覚えているな?」  出発前日の夜。平田が晴のスマホに電話をかけて、念押ししてきた。その前にメッセージを送りつけてきたのだが、晴は既読スルーしていた。 「明子さんを見つけ出したら。君はこの時代にとどまるはずだったね」 「……」 「返事は?」 「…よくよく考えたんだが」 「往生際が悪いな。この期におよんで、話をそらす気か?」  ズバリ言い当てられたが、晴は強引に続けた。 「俺は本当なら、この時代にいない人間だ。そんなやつが居続けることで……変な影響とか出たりするんじゃないか」 「そりゃ、多少は出るだろうな」  平田はあっさり認めた。 「しかし、大したことにはならないと思う。なぜかって? ――私が考えるに、未来の人間が過去に戻った場合、その人物がもたらす知識や技術の取り扱いには、細心の注意が必要になる。本来、知らなかったことを知ったことで、現実を変えようとする人間が出てくるのは避けられないからね。けれども逆なら、そうはならない。過去から来た君が知っていることの大半は、私たちも知ることができるし、私たちが知らないことは、君も知らない。その点で問題は起こらない」 「……じゃあ、元いた時代への影響だったら」 「もろもろの状況から考えて、君が消失したのは乗機の飛燕が撃墜される直前だ。今いる世界において、鈴木晴伍長の人生は一九四五年六月二十六日で終わっている。存在しなくなった君が、あの時代に影響を与えないのは言うまでもないだろう」 「……」  理屈が通っていて、反論の隙が見つからない。ぐうの音も出ないとは、このことだった。

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