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第6章⑦
久太郎は少し驚いたが、何も言わずに晴を受け入れた。
車がしばらく走ったところで、晴がつぶやいた。
「…また明子に会いに行きたくなった時。バイク出してくれるか?」
「もちろんだよ。いつでも言って」
「ありがとう」
「家族写真、明子さんに渡したんだよね」
「ああ。あの写真、母ちゃんがどこかにしまい込んで、結局見つからなくなってたみたいでさ。見せたら、懐かしいって喜んでた」
「よかったの? あげちゃって」
「いいさ。複製の方、持ってるから。便利だよな。写真のフィルムがなくても、そっくりなものをすぐに印刷できるんだから」
晴は出発前に、久太郎のアパートの近くにあるコピー屋で、写真の複製をつくった。今はそれを持っている。本物と遜色のない出来栄えに、いたく感心していた。
スマホで撮った写真も現像できると聞いたので、帰ったらまた行くつもりだった。
久太郎の肩に頭をあずけたまま、晴は目を閉じる。こうしておけば、運転手がバックミラーで見ても、眠っているように見えるはずだった。
「――久太郎」
呼びかけて、話を切り出すのに少しばかり勇気が要 った。だが、この機会を逃したら、またずるずると言えないままになってしまいそうだった。
「俺がうそをついていたって、もう気づいてるよな。如月大尉どののこと…本当は好きだった。まだ慕う気持ちが残っている」
久太郎は、わずかに身じろぎした。
気づいてはいたが、そのことを晴本人の口から改めて聞かされると、心がきしんだ。
だから、続けて晴の口から出た告白が、にわかに信じられなかった。
「でも今は、久太郎のことが好きだよ」
「………えっ」
「本当は。好きだと言ってもらえた時、舞い上がりそうなくらいにうれしかった。しばらく前からずっと、気持ちが通じ合えばどんなにいいかって、願ってた。だけど、いざ現実になると――いろんなことや、気持ちが、まだごちゃごちゃで整理がついていない。それでも…久太郎には、俺の本心を知らせるべきだと思った」
晴は両目を開けて、しっかり相手の目を見て言った。
「好きだよ。心底、お前に惚れてる」
晴は恐れながら、久太郎の反応をうかがった。
久太郎は酒も飲んでないのに、顔を赤くしてはにかんだ。
「――晴くん。俺の顔、つねってくれない?」
「…いや。なんでだよ」
「これが夢じゃないって、確かめたい。ああ、もう。幸せすぎて、死にそうだ」
そう言って、久太郎はなぜか両手で晴のほっぺたをつねった。一時的に、脳内がバグってしまったせいで、アウトプットされる行動が支離滅裂になっている。
晴があきれた表情を浮かべた。
「もう、禁酒やめろよ。飲んでも、飲まなくても、やることに大差がないぞ」
「ひどい言い草だね」
文句を言いながらも、顔がにやけている。久太郎はそのまま晴の顔をはさみ込んで、短い口づけをした。
「…おい。運転手が、見てるぞ」
「一瞬だったから、大丈夫だよ。それに平田さんにバレてもかまわない。彼女、俺がゲイだって知ってる」
「芸 ?」
「同性を好きになる男のこと」
久太郎は屈託なく笑った。そのまま、晴の手をとり指を絡める。
京都に着くまでの間、二人とも寝たふりをして互いに身体をあずけあった。
久太郎の存在を身体で感じながら、晴はずっと明子が言った言葉をかみしめていた。
――お互いを大事にしあって、一緒に生きていけることって、とっても幸せなことなんだからね――
…久太郎とずっと一緒にいられるか、まだ分からない。
けれども、今この時は間違いなく、自分は幸福な人間だと、晴は思った。
アパートに戻ると、夜の十一時を回っていた。
さすがに、くたくたになっていて、シャワーを浴びた後は、晴も久太郎も何もする気になれなかった。ただ、それまで別々にベッドと床に布団を敷いていたのをやめて、久太郎の布団を晴の横に並べて敷くことにした。
電気を消して、少しだけ互いに触れ合ったり、軽く口づけたりしていたが、間も無く二人とも眠りに落ちていった。
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