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第6章⑪

 予告した通り、久太郎は夕方になる前に戻ってきた。 「ただいま。晴くん」 「おう、おかえり。おつかれさん」  晴はコンロの前に立って、何やらぐつぐつ煮ていた。 「寒天を使って、ゼリー作ってるところだ」  晴はスマホの画面を示す。料理サイトのレシピが、そこに表示されていた。 「冷蔵庫のオレンジジュース。開けて何日か経ってたから、悪くなる前に使い切ろうと思って」  そういえば、久太郎が帰ると電話した時、ジュースを使い切ってもいいかと晴が聞いてきた。てっきり、久太郎がいない間に飲みきったとばかり思っていた。  まもなく、晴は火を止めた。鍋の中身を適当な器に入れ、粗熱を取る。あとは常温になったところで冷蔵庫に入れ、一晩置けば完成だ。 「明日の朝、一緒に食おう」 「そうだね」  晴が後片付けにかかる。その背後に、バイクのジャケットを脱いだ久太郎がやって来る。  久太郎はそのまま大きな体を押しつけて、晴を抱きしめた。 「…案外、ひっつき虫だな。久太郎は」 「そうだね。でも晴くんを見ていたら、こうしたくなっちゃうんだ…いいでしょ? 二人きりだし」  久太郎が晴の頭にあごを乗せる。  晴は抵抗せず、されるがまま目を閉じる。しばらくして、何気ない口調で久太郎に告げた。 「なあ、今夜あたりするか。最後まで」 「うん……最後まで?」 「俺のナカに挿れたいかってこと」  露骨な表現に、久太郎が「いや、それは…」と口ごもる。 「…もう少し付き合って、色々したあとじゃない?」 「何、するんだよ」 「えーと…あちこち遊びに行ったり、前段階があるというか」 「一緒にバイクに乗って海も山も行ったし、何なら花火も見に行ったろう。もう当たり前みたいに抱きついてるし、接吻もしてるし……(とこ)でするようなことも、この前あらかた済ませたぞ」  晴は身体をよじって、久太郎を見上げる。 「それか、やりたくない?」 「…まさか」  久太郎は顔を赤くして言った。 「めちゃくちゃ、したいです」  その返事に晴は吹き出した。笑いながら、久太郎の頭に手を伸ばす。 「――しよう。俺もしたい」  そうささやいて、自分から久太郎に口づけた。 ――って。自分から誘っといて何だが…。  たたんだ布団を背に、晴は座り込んだ。久太郎は暑い中、また出かけて行った。夜のために、必要なものを薬局に買いに行くと言っていた。  どんなことをするのか、まあ大体わかっているーー何となく、うっすら、ぼんやりと。  スマホで調べてみたが、これは逆に良くなかった。晴からすると、あまりにも赤裸々な画像や映像が、呆れるくらい大量に出てきた。  強烈すぎて、とてもではないが直視できない。  若い男が顔も隠さず、明るい部屋でまぐわっている姿が、どうして検閲にひっかからずに済んでいるのか。どう考えても、公序良俗違反の極みだ。晴はこの時代にだいぶと慣れたつもりだったが、少しも理解できなかった。   まあ、見たい人間が存在することは、分かるには分かるが…。  ため息をついて、晴はスマホを放り出す。もうこうなったら、久太郎にまかせよう。数日前に『触れ合った』感じだと、おそらく向こうの方が経験があるのは間違いなさそうだった。  そして夜が来た。  いつも通り、二人で夕食をとり、早めにシャワーを浴びる。二人一緒に浴びてもよかったが、単身者用のアパートの浴室は最低限の広さしかなく、身体の大きい久太郎など、一人でも窮屈そうだ。結局、久太郎が先に入り、交代で晴がシャワーを浴びた。 「出たら、これ着てみて」と、入る前に久太郎が何やら手渡す。  いつもより念入りに身体を洗った後、晴はその服を身につけた。  鏡の前で自分の姿を確認する。  まあ、悪くないんじゃないかと思った。  洗面所を出ると、すでに部屋の照明が消され、豆電球の明かりだけが灯されていた。  並んで敷いた布団の上に、久太郎が待っていた。風呂上がりの晴を見て、微笑む。 「とっても素敵だよ、晴くん」  褒められて、晴は頭をかいた。垂れた袖が、腕の動きに合わせて揺れる。  深みのある濃紺の地に、植物の枝と実が――たぶん、イチイだ――白抜きされた浴衣(ゆかた)は、晴の身丈にちょうど合った。 「こんな服、よく持っていたな」 「中学の時、家庭科の授業で縫ったんだ」 「久太郎が?」 「うん。作ったあと、文化祭で着たきりで、実家にしまいこんでたけど。今日、他の服と一緒に持って帰ってきたーーほんとに、綺麗だ」 「男に言う台詞じゃないだろ」 「言うよ」  臆面もなく、久太郎は言う。 「初めて会った時から思ってた。きれいな子だって」 「…もう、そのへんでいいだろ。聞いているこっちが恥ずかしくなってくる」  晴は久太郎の前に正座した。 「…よろしく頼みます」 「こちらこそ」  久太郎が答える。  腕を伸ばして晴の身体を抱き寄せる。それから、はじめる合図となる口づけを交わした。

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