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第7章②

 晴は最初、平田が悪ふざけをしているのだと思った。そうでないと相手に言われ、「では酔っ払っているのか」と尋ねると、平田は憤慨した様子で答えた。 「確かに、少し飲んだ。だが、頭の働きを阻害するほど泥酔してはいない」  例えば、と平田は続ける。 「私に電話をかけてきた君は、鈴木晴伍長だ。生まれは大正十五年十一月五日。昭和二十年六月時点で、伊丹飛行場の陸軍第××飛行戦隊に所属する搭乗員だ。六月二十六日、日本本土上空に現れたB29の大編隊を迎撃するために、君は三式戦闘機『飛燕』で飛び立った――その際に以前、上官からもらった変なマッチを上空で擦った結果、どういうわけかこの時代の京都市内の山中に飛ばされてきた。さらに――」 「ああ、もういい! 分かったよ。酔ってないのは認める」  晴は降参した。 「なら、久太郎が誰か分かるだろう? 呉葉の友だちで、大学の同級生だ。去年の冬に、道端で酔って寝ていた久太郎を、呉葉が起こして下宿まで送り届けた。覚えてるだろ? 久太郎は先月も同じことをやらかして、近くの駐在所に連れて行かれた。そこで、俺と出会ったんだ」 「……君こそ、酔ってるんじゃないのか?」  平田は不審も露わに言った。 「先月、。あの時、私はスマホを落として交番に届け出をしている最中だった。そこに婦人警官に補導されて連れてこられた君が、たまたま私のスマホを拾ってくれていた――スマホのケースに、一式戦の『隼』が描かれていたおかげでね。その後、泊まるところがない君のためにホテルをとって、次の日に再会した時、君が昭和二十年の世界からやって来た話を聞かされたんだ」  晴は呆然となった。そんなことは起こっていない。断じて。伊丹に帰ることができない晴を、久太郎が自分の下宿に泊めてくれたのだ。平田と会ったのはその次の日だ。 「――そうだ。この部屋がある」  晴はスマホを握りしめ、周りを見わたす。 「ここは久太郎の下宿だ。この時代に来たその夜から、ずっと泊めてもらってる」 「君は今、京都市内にいるんだな」 「そうだ」 「窓から何が見えるか、言ってくれ」  平田に言われ、晴はカーテンを開ける。大したものは何もない。それでも、特徴的な建物や通りの名前を伝えると、また予想だにしない返事があった。 「そこは私の下宿だ」 「そんなわけないだろうが!!」 「いいや。私は二年生の時から、そこに住んでいる。自宅が大学から少し遠かったから、一年の終わりに思い切って借りたんだ。君と会ったのは、ちょうど夏休みが始まる頃だったろう? さすがに男性とひとつ屋根の下とはいかないから、私が自宅に戻って、君に夏休みの終わりまでその部屋を無償貸与することにしたんだ…――ちょっと、失礼」  平田がスマホを耳から離す気配が、晴に伝わってきた。平田の声が若干、遠くなる。 「――お父さん! 悪いけど今、電話中……ーーいや、後に回せないやつなの!――……は? アイスが来た? 早く食べないと溶ける? じゃあ、私の分はお父さんか、ほかの人に食べてもらって…――一緒に食べたいって言われても、無理なの! …ちょっと、いい歳して、泣きまねはやめて! あとでちゃんと戻るから!」  平田が小走りする気配が伝わってくる。適当な、どこかの部屋に入ったようだ。「ふうっ」というため息が、晴の方に聞こえてきた。 「――失礼したな。話の続きだ」  直前のやり取りなどなかったかのように、平田は言った。  もしも、こんな場合でなければ、晴も平田と父親の関係性について、質問のひとつかふたつくらいしたかもしれない。けれども、とてもではないが、そんな余裕はなかった。  久太郎が帰ってこないだけでも、心配するには十分すぎる。  なのに、事態は晴が考えていたよりもずっと深刻で、しかも平田との会話が進めば進むほど、その度合いを増していくばかりだった。

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