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第7章⑥

 山中のカーブが連続する道を下っていく。晴は久太郎のバイクの後ろにまたがって、この道を通った。  車中から景色を見ながら、晴は嘆息する。あれから、まだ一週間も経っていないのに、あまりにも色々なことが起きすぎた。  その道が再びなだらかになった時、晴が木々の一角を指差した。 「あそこに瓦屋根が見えるだろ! あれが久太郎の家の菩提寺だ」  平田が座席の仕切りを開ける。カーナビの画面には、すでに寺の名前とそこに通じるルートがきちんと表示されていた。 「ねえ、お父さん。ちょっとお願いがあるんだけど」  約二時間ぶりに娘から話しかけられた平田の父は、バックミラーの中でたちまち相好をくずした。娘の冷たい態度にも関わらず、彼女を溺愛しているのは明らかだった。 「なんだい、呉葉ちゃん?」  田舎のこととて、寺の敷地内にある住居部の玄関も、施錠されていなかった。 「御用のある方はチャイムを押してください」と書かれた貼り紙に従って、平田は呼び鈴を鳴らす。家の中から「ハーイ」という声がして、まもなく中年の女性が姿を現した。  来訪者たちが顔見知りの集落の人間でないと知って、女性はたちまち困惑顔になった。 「…すみません。どちら様でしょうか?」 「失礼。私、平田耕介と申します」  平田の父は穏やかな物腰で、女性に名刺を渡した。  小さな紙片には「衆議院議員」に加え、さまざまな肩書きがこれでもかと並んでいた。それを見て、女性は明らかに面食らったようだ。  そこに平田の父が、絶妙なタイミングで話しかけた。 「ご多忙中と存じますが。ご住職は、在宅されているでしょうか?」 「は、はい。ちょうど先ほど帰ってきておりますので。少々、お待ちください。すぐに呼んできます」  その姿が慌ただしく廊下の奥へ消えた後、平田の父が娘に向かってニンマリ笑った。 「どうだい、呉葉ちゃん? 役に立てたかな」 「そうね。ありがとう」  平田の声は、あくまでクールだった。  そこに先ほどの女性が、和装の男性を伴って戻ってきた。晴は見覚えがあった。久太郎の祖父母の家で法事を行った、この寺の和尚だった。 「いやあ、驚いた。平田元国土交通大臣でしょう? あなたのこと、テレビで何度も見たことありますよ。私、時間がある時は、よく国会中継を見ていますから…――」  俗っぽい関心を丸出しにして住職は話す。  平田の父は鷹揚な笑みを浮かべ、さりげなく話を切り出した。 「いきなりアポなしで訪問して、申し訳ない。実は今日は、国会議員としてではなく、卒業論文を控えた娘の手助けで、来ましてね」  そう言って、そばにいる娘の方へ視線を向ける。  父親の演技に合わせて、平田が口を開いた。 「実は今、戦中に活躍した旧軍の航空関係者、特に飛行機乗りのことを調査していまして。そのうちの一人が、こちらのご出身の方で、さらに詳しく知りたいと思って来たんです」 「ああ、そういうことですか。で、その人のお名前は?」 「一九四五年、大阪伊丹の陸軍第××飛行戦隊に所属していた如月久弥大尉という方です。戦死して、こちらに埋葬されたと読んだ記録に書かれていました。もし可能でしたら、お墓を見せていただきたいのと――」  平田は住職の反応をうかがう。 「ご子孫の方が今もこちらにお住まいであれば、ご紹介していただけないでしょうか」 「如月大尉、ですか…」  住職は少し沈思し、それから平田に告げた。 「少々、心当たりはあります。ただ申し訳ないのですが、私はまたすぐに二件の檀家のところに、お経をあげに行く約束をしていまして。みなさまのお相手はしかねます。ただ、私の妻はこの土地の出身で、如月家のことは私と同じくらい知っています。おそらく、お役に立てるかと――玄関先で話を続けるのもあれですから、どうぞ上がってください」  晴と平田父娘は、本堂に隣接する建物の小さな応接室に通された。住職の妻が、三人分の麦茶を運んでくる。飲むように晴たちに勧めてから、彼女は自分も腰かけ、話し出した。 「ーー如月というのは元々、ここら一帯を治めていた庄屋(しょうや)の家でして」  それを聞いて、晴は久太郎が言っていたことを思い出す。  如月家は代々、村長のようなことをしていた、と。 「明治に入ったあとも、地主として栄えておりました。うちの境内に置いてある大きな石灯籠も昔、如月家のご当主が、他家の方々とお金を出して、寄進してくれたものです。他にも、ご本尊の修繕や毎年の施餓鬼などの法供養の際にも、ご協力をいただいていたと聞いています」

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