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第三話
風呂から上がり、タオルを首にかけた状態で蒼芭は再び旅行券を見た。自分には縁のないものだと思っていただけあって実物を見ると、やはり表情が緩む。幸い、ゼミの講義と重なっていない事もうれしいポイントの一つだ。
「えへへ。僕が当てたんだなぁ。」
ここ最近、ぱっとしない事であふれており蒼芭は正直退屈だった。なにか楽しい事はないかと少しだけ期待していたということもありこの奇跡は一生忘れられないものになるだろう。
「準備とか、しちゃおうかな。」
思い立ったことで、蒼芭はクローゼットの中にしまい込んでいたキャリーケースを取りに行く。このキャリーは高二の秋に両親が修学旅行で使えと言ってプレゼントしてくれたものだ。当時、堅物で有名だった父が慣れないサプライズをしてくれたことが印象的だった。そんな思いでを愛でながら蒼芭はキャリーケースのファスナーを開けた。
* * * *
旅行当日。
蒼芭は新幹線の揺れの眠気に誘われていた。蒼芭の住んでいる所から大阪まで少し距離がある。当初の予定では夜行バスに乗って大阪まで揺られる予定だったが、エネルギッシュな母親の半ば強制的な移動費の援助が行われた。必死に断ったが母の勢いに圧倒されてしまい、しぶしぶ蒼芭が折れる羽目になった。しかし、その甲斐あってか夜行バス特有の寝心地の悪さやストレスは感じずに済んでいる。
(久しぶりに新幹線なんて乗ったなぁ……)
蒼芭の大学は地元からひどく離れている。その時以降新幹線に乗る機会はめっきり減った。車の免許を取ってしまえばきっと楽になるはずなのだが、蒼芭には時間的余裕も経済的余裕も枯渇しているのが現状だ。
(あ、そろそろ大阪につく。準備しないと)
幸いにも蒼芭の席は窓側で、時期が時期ということもあってか、利用者がいつもに比べて少ない。隣に誰もいない事もあり、荷物の出し入れはスムーズだった。
* * * *
無事、新幹線の改札を抜け、大阪の地に足を付けた。
地元や大学では味わえない人の多さと、ビルの高さ。燦燦と輝く太陽がひどくまぶしく思えた。右も左もわからない状態で今自分がどこにいるのかさえ蒼芭は理解できていない。地図アプリを開こうにも貧弱なネット環境の所為で時間がかかるしだいだ。
「ホテルのチェックインまで時間あるな……」
かろうじて時間は確認できる錘と化したスマホを片手に蒼芭は探索もかねて大阪の街を歩くことにした。
「おなかすいたぁ!」
蒼芭は誰もいない事をいいことに腹の底から大声を出した。空腹だと。
大阪には昼前に着いたはずなのに現在時刻午後二時。未開の土地であることを忘れて好き勝手歩いていると道に迷った。駅のように人こそ多くないが、そもそものネット環境が瀕死なせいで地図アプリは使えない事が何よりの致命的ダメージだった。
「どうしよう……チェックインしたいけどホテルの場所わからんし……。自分の位置すら意味不明だし。変に冒険なんてせんかったらよかったぁ!」
ついつい方言が出てしまうほどに蒼芭は落ち込んでいた。何度も地図アプリをリロードしてみるものの、ずっとぐるぐるしているだけで何も変化しない。道の端っこでスマホをポチポチしているのもいたたまれなくなって蒼芭はまた知りもしない道を歩き始める。
「あ」
先ほどの場所から数分ほど歩き続けると、ある一人の端正な顔つきをした男が立っていた。
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