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第1話-2
嫌だと口にする代わりに言葉の途中で電話を切った。
こんなタイトな依頼なんて受けたくないと言外に示すが、打たれ強い彼のことだ、絶対にまた無茶な依頼をしてくるに違いない。
だが、やっと仕事が一段落だ。
隆則は腰に負担がかからないようにゆっくりと立ち上がり、パソコンが落ちるのを確認する。会社勤めの時に使う時間がなく貯まっていく金で購入したこの都心の2LDKマンションは、在籍中には帰ることがほとんどなかったが、独立してからはむしろ出る時間のほうが圧倒的に少なくなった。だから、この部屋に住人がいると知っている人はあまりいないようで、時折玄関扉の前やベランダにごみが捨てられることがある。しかも一日中パソコンに向かい仕事をしているせいで生活音もあまりないから、誰もいないと思われているらしい。つい数年前までは。
もう一度立ったまま身体を伸ばすと身体中からパキパキと音が鳴り、あまりにも同じ姿勢でい続けたことを反省する。いつものことだが、終わってから反省してまた同じことを繰り返す。どうしても仕事が始まれば寝食を忘れてパソコンの前に向かい続けてしまう自分の性格に反省しても改善が伴わない。
首を左右に動かせばまた音がして、嘆息する。ゆっくりと部屋を出れば、真っ暗かと思っていたリビングは煌々と明かりがついていた。
「あれ、もう帰ってるのか?」
思わず漏れ出た独り言。以前はそのまま空気に溶け込んで反応がないのが当たり前だったのに、その僅かな音を耳にしてすぐに反応が返ってくる。
「隆則さん、仕事が終わったんですか?」
キッチンから顔を覗かせ嬉しそうに微笑みかけてきたのは、同居人の遥人 だ。手にはジャガイモと包丁が握られている。
「あぁ……今から料理か? なんだったらどこかに食べに行こうか」
「何を言ってるんですか、隆則さんずっとまともなもの食べてなかったでしょ。野菜いっぱいのシチューを作ってるからちょっと待ってくださいね」
それしか食べられないだろうと言外に告げられ、否定できずに口噤む。今回のように締切がタイトな仕事は本当に寝食を忘れてしまうため、仕事開けすぐは流動食しか受け付けられない。それが分かっているから遥人は胃に優しいものを作ってくれようとしているのだろう。
(なんだよ、もう……)
子供のように口を尖らせながら言えない不満を表情で表す。仕事を早く終わらせて自分がなにか用意してやろうと思っていたのに。
だがチラリと見た時計は21時を既に回っていて、予定よりも遅くなっていることを知る。
「もう九時回ってるじゃないか、これから作ったらお前寝るのが遅くなるぞ。明日も仕事だろ」
「明日は土曜日ですよぉ。それより隆則さん、お風呂に入ってきてくださいよ。いくら冬で汗かかないからってばっちいですよ」
台所から飛んできた声にさらに言葉を詰める。
寝食すら忘れるのだから当然入浴などするはずがなく、仕事に取り掛かり始めた四日前から顔も洗ってないし歯も磨いていない。ばっちいという言葉にふさわしい状況だ。これでは外食に行けるはずもない。
反論する言葉を飲みこみ胃の奥底に押し付けて、隆則は無言のまま風呂場へと向かった。既に湯が張られておりしかも未使用の状態だ。
「……あいつ帰ってきたの何時だよ」
風呂が沸いているということは少なくとも30分前には家にいたということだろう。なのにずっと家にいた自分は全く気付かなかった。大好きなプログラミングをしている間は扉の向こうからどんな音がしてこようが全く耳に入らないようだ。
「ちくしょー、俺の方が年上なのに……」
仕事が終わったから温かいものを取り寄せて帰りを待とうと思っていたのに、逆に世話をしてもらっては本末転倒だ。自分があれやこれやと面倒を見てやろうと思っていたのに。
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