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第6話-6

「なっ……なんなら担当に確認してくださいっ、本当に二時間前に納品したんですっ!」  35歳、初めて警察と対峙して何も聞き入れてもらえない状況に本当に泣きそうである。眦に涙を浮かべ子供のように零れてしまいそうだ。  暗闇の中見ている人はいないだろうが、少なくとも目の前にいる警察官には見られてしまう。  自分の弱みをひたすら隠し続けて生きてきた隆則にとってこれほどの屈辱はない。 (やっぱり外になんて出なきゃよかった……)  フリーのプログラマーというだけで警察は犯人扱いしてくるのだから、もう一生引き籠って店屋物だけで生きていこう。  そう心に決め始めたころ、何かを確認していた他の警察が駆け寄ってきた。目の前の警官に何か囁きかける。何度か頷きながら視界の端に隆則を捕らえ続けるその眼差しがひたすら怖かった。やり取りが終了して先ほどの警察官がどうしてか笑顔で向き合ってきた。 「素早い通報をありがとうございます。どうやら寝たばこをしたせいでの出火のようです」  振り返れば、アパートはだいぶ鎮火していて建物自体が水で濡れそぼって夜の冷気をさらに冷たくさせていた。  今まで犯人のように詰問攻めしていたくせに急な掌返しに隆則は、わなわなと膝が崩れ落ちた。 「火事の発見でびっくりしたんですね、もう大丈夫ですよ。念のために住所と名前を教えてくださいね」 「じゃあ、あんたの名前と階級もこの人に教えてやるんだよな」 「へ?」  隆則の背後に誰かが立った気配と共に突然飛び込んできたのは、とても耳に心地よい低い声。 「さっきのずっと見てたけど、あんたこの人に色んな質問してたじゃん。なんで? 火事を通報したらあんなにも色んな質問されるの?」  矢継ぎ早の質問に警察のほうがたじたじになる。「いや」とか「あの」とかを駆使し始める。 「なんか、助けるために一生懸命になってくれた人に失礼だな、警察って」 「いや、我々もそんな気持ちで色々訊ねたのではなくてですね」 「この人がこの時間に歩いてなかったらもっと凄い火事になって、俺死んでるかもしれないんだよ。なんで?」 「それは……」 「はっきりさ、犯人だと思ったからだって言ったほうがカッコイイと思うけどね。なんの信念もなくてあんな質問するの? ねえ、ここで一番偉い人って誰?」  こちらが揉め始めたのを見て、周囲の警察がワラワラと集まってくる。皆が隆則ではなく、自分の背後に立つ男を見ているようだ。 「警察ってさ、すぐに誰でも犯人扱いして変な質問繰り返すの? その警官が通報者になんでこんな時間に出歩いてたのかとか買い物の荷物が変だとか、本当に仕事してたのかって聞いてたけど、これって警察のデフォルトなの? しかもこの人が犯人じゃないってわかった途端、言ったことをなかったみたいにして逃げようとするなんて卑怯じゃないの?」

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