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第6話-10

 そりゃそうだ、ただの顔見知りに自宅を教えるバカなんていない。慌てて取り繕おうとすると彼は本当に困ったように後頭部を掻きながら眉尻を下げた。 「あそこなんですよ」  指さしたのは、ついさっきまで火が出て今は濡れそぼったボロボロのアパート。とてもじゃないが帰るなんてできない状態で、だからこそそんな表情なのかと合点がいった。 「これからどうするつもりなんですか?」 「……財布も携帯ももうダメだろうし……なにも持たずに出てきたから……」  このままこんな冬の寒い中をずっと立ちすくむつもりなのだろうか。吐き出す息だって段々と白くなり、とてもじゃないがスウェットの上下では風邪をひくだけでは済まさない。 「もし迷惑じゃなかったらっ!」  人間、浮かれた勢いというのはどうしようもない。自分の状況など鑑みる余裕などないまま、瞬時に思ったことを口にしてしまい後悔するのが常だ。嫌と言うほど分かっている、だから自分の性癖を自覚してからは、むやみな事柄を口にしないように気を張っていた。  はずなのに。  隆則は少しでも彼を眺めていられる好機を逃したくなかった。 「今日は俺の家に来ませんか?」  普通なら、断られる。十中八九、断られる申し出だ。  そう、普通なら。  だが今の彼の状況はとても普通ではなかった。急に住んでいたアパートから出火し、鎮火しても簡単に入ることができず、周囲を立ち入り禁止の黄色いテープで巻かれ、どうすることもできないのだから。  しかも夜の空気は次第に下がり、何も持たずにという表現が本当にぴったりな状況で彼も現状に窮していたのだろう。  隆則の申し出に不安そうな表情をしながらも、口元が綻び、店でよく見せてくれたあの柔らかい笑みが浮かぶ。 「それじゃあ、お言葉に甘えて一晩だけ」  大きな身体を縮こませながら頭を下げてきた。頭頂部が見えるくらい深く。 「あっ、その、困ってるときはお互い様なので、一晩じゃなくてもっ!」  まさか承諾してもらえるなんて思わず、自分がなにを言っているかわからなくなる。  一瞬にして興奮した隆則は心も身体も紅潮したまま、彼を伴って数百メートル離れた自分のマンションへと歩き始めた。  なぜ自分の手にゴミ袋と弁当箱があり何をするためにそれを買ったのか、自分の部屋が今どうどういう状況かも思い出せず、浮かれた足取りで進んでいくのだった。

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