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第8話-1

 遥人との生活は、一言で言って快適以外の何物でもなかった。あのファミレスから帰ってきてから眠さも訴えずに何度も洗濯機とベランダを往復し、宣言したように山のようにあった洗濯物を三日かけて全部綺麗に片づけてしまった。それだけでも隆則にとっては驚きでしかないのに、全部を綺麗にクローゼットに片づけながら自分の部屋と宛がわれた部屋を綺麗に整えてしまった。  同時にアパートにあった荷物を引き取り(案の定使い物にならないものが多かった)ながら、大学や公的機関への手続きなども全部済ませてきた。家事能力だけでなくあまりの事務処理能力の高さに呆然としてしまう。これが自分だったら軽くひと月はかかるだろうことを一週間で済ませ、それからは自分の仕事とばかりに家事をしっかりやり始めた。  二人しかいないそう広くない2LDKのマンションだ、毎日掃除洗濯をしなくてもいいと言っても、仕事だと笑いながら綺麗に磨き上げてくれた。  もう隆則の部屋に弁当箱が散乱することもなければ、いつ着たかわからない服が床に放置されることもなくなった。それどころか秘かに異臭を放ち始めていた風呂の排水溝も綺麗に磨き上げられ、一日三食栄養バランスの摂れた食事が食卓に並んだ。  まるでプロの家政婦を雇ったような気分だ。  二十歳になったばかりの青年ができることではない。  聞けば、子だくさんの家庭の第一子長男として生まれ、忙しい両親に代わって五人の弟たちの面倒を見てきたのは遥人だという。大学進学のために家を出るまでずっと家事一切を担いながら勉強もしてきたのだからすごいとしか言いようがない。  また、今通っている大学だって名前を言えば知らない人はいないだろう有名国立大だ。神は一体どれだけ彼を贔屓しているんだと叫びたくなる。恵まれた体格も大学に入るまでずっとやっていたスポーツのせいらしいが、文武両道で見目も整っていて家事も完ぺきなら引く手数多だろう。  チラリと恋人の存在を訊ねてみたら笑ってあっさり否定された。 「バイトと勉強でいっぱいいっぱいで、そんな余裕ないですよ。親に生活費まで出してもらうの申し訳ないので、学費以外は全部自分で稼がないといけないんです」 「そりゃ……大変だな」 「いえ。大学に行かせてもらえただけでも御の字です。本当は就職しようと思ったんですけど、親に反対されて。せめて大学くらいは出ろって」 「いい親御さんだな」  普通であれば家計が苦しいなら年長の兄弟は下のために就職を選ぶのが一般的だと聞く。遥人もそれに倣おうとして就職の選択をしたのだろうが、家族よりも自分の将来を取れと言える親はそうそういないだろう。 「だから五十嵐さんに拾って貰えて本当に助かりました」  夕食を並べながら朗らかに遥人が笑った。  タラの西京焼きとほうれん草の白和え、根菜の煮物にエノキのお吸い物と、目の前に並んでいるのはどこの和食料理店だと叫びたくなるようなメニューだ。しかも隆則の胃袋の大きさに合わせて副菜の小皿は普通よりも小さめだ。何度か食事を共にして残す量の多さに気付いて考慮してくれているのだろう。盛られた真っ白なご飯も大人用の茶碗に気持ち乗っている程度だ。

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