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第8話-3

「なんかあったら部屋に入ってきていいから……ごちそうさまでした」  遥人が用意してくれたさっぱりとした食事で腹を満たした隆則は、そのまま寝室に戻った。  哀れな後輩を助けるため、空白になっている部分を埋めることから開始し、そして隆則は宣言通り部屋に籠りきりの生活を始めた。  ずっとパソコンに向き合ってキーボードを打ち続ける姿に不安になるのか、飲み物をとりにダイニングに向かうたびに、そこには軽食が用意されるようになった。また、業務連絡なのか、メモが置かれ彼のスケジュールや購入したものが書かれてあり、最後には必ず労いの言葉が添えられている。頭の中がプログラミング言語でひしめいている隆則にとって、文字の上であっても人の優しさに触れた気持ちになれた。  軽食も片手で持てるものをと気遣ってくれて有難いばかりだ。  だが最初の数日は軽食を口にしていたが、後半になるともうそれにすら手を付ける暇がなかった。  人間水分さえあれば数日は生きることはできる。それは隆則が実証済みだ。  なにせ今回の仕事は仕様書からして隆則が作成しなければならない状況だ、普通じゃない。仕様書が出来上がってからプログラミングを始めるのが普通だというのに、その仕様を固めることすらできないスケジュールということなのだろう。  後輩だってこの仕事だけを持っているわけじゃない、他にも同時進行している案件をいくつかかけているはずだ。 「あの営業、無理矢理ねじ込ませてできないことをあげつらってるんだな……自分の無能さにいい加減気付け!」  社外の人間となってしまっても、どうしても無能な営業に対する怒りを消すことができない。  仕事を始めてから四日経った夜、ダイニングテーブルを見ればそこには「何か食べてください、欲しいものがあれば買ってきます」と書かれてあった。  その頃にはもう隆則はまともな精神状況ではない。何かを口にしようにも血液が胃に集中させては眠ってしまう。眠る暇なんてないんだ。仮眠だったらいいが、今腹を満たしたら確実にぐっすり眠ってしまう。少し腹が空いた状態のほうが仕事が捗るんだと自分に言い聞かせながら、重くすら感じるペンを握り占めながら空いている場所にへろへろの文字を書き込んだ。 『ぽっきーなければとっぽ』  これなら腹が満たされないうえに糖分がしっかりと摂取できる。今はとにかく糖分さえあればなんとか動くことができる。  だが成人過ぎの男性二人の家にそんな女性が好みそうなお菓子などストックされているはずがない。  せめて甘い飲み物でもないかと冷蔵庫を開ければ、そこは買って以来なかったほどに充実したラインナップになっていた。飲み物もそうだが、なによりも食材が入っている。テーブルに乗っているものだけでなく、冷蔵庫を開けたら興味を覚えるのではないかと菓子パンや総菜パンが置かれるようになっている。開けたことはないがきっと野菜室も冷凍庫も何かしら入っていることだろう。そしてそれらはきちんと腐る前に使われることだろう、そこが凄いと感心しながら、眠気覚ましの炭酸飲料を紙コップに注いで部屋に戻った。パチパチと弾ける炭酸が胃で暴れまわるのを感じながら、目の下にクマを作った状態でまた意識を覚醒させていく。 「よし、半分は終わった……終わったはずだ……」

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