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第8話-5
パッケージを開け、棒状のビスケットをコーティングしたチョコレートの少量の糖分を摂取した脳は一気に活発化してフル回転を始める。
(これだ、これなんだよっ!)
麻薬を投与されたかのように怪しく笑いながら、隆則はまた続きのコードを打ち始めた。少しの休憩をしたおかげでまた手が良く動く。このまま順調にいけば締め切り前には確実に上がるぞと妙なテンションでどんどんと打ち込んでいく。もう何日も風呂に入っていないだとか、まともな食事どころか睡眠すらまともに摂っていないことも気にならない。そしてそんな状況の自分と壁を隔てたむこう側に癒しの存在がいることすら今の隆則の感情を揺さぶりはしない。ただひたすら頭の中のコードを打ち出しそれが動きだすその瞬間に突き進むことしか存在しなかった。むしろそれが世界で最も大切なことのように勘違いしていた。
おかしくなりながらも正しいプログラミングコードをはじき出す脳を休めることもないまま、時折補給される糖分だけで酷使していく。そして気を失うような眠りを座りながらしては、はっと目を覚ましてまた打ち込むことをひたすら繰り返していく。
そして会社員時代からモットーとしていた締め切り前の提出を果たした時には、廃人のように窶れきった隆則が出来上がっていた。
「うわっ……え、五十嵐さん……です、か?」
その姿を初めて目の当たりにした遥人は幽霊にでもあったかのように驚き、そしてそれが隆則だと気づいたときにもっと驚いた。人間というのはここまで死相を顔に浮かべることができるなんて一般人は知るはずもないだろう。
ほぼ一週間横になることがなかった身体はもう限界だと悲鳴を上げ、むくみで足元がしっかりとはしないせいで上体もが揺れてしまう。
「あーー、おかえり……」
一瞬、彼が誰かわからずボーっと「綺麗な顔をした人だなぁ」と心の中で絶賛して、それが今自分の家に住み込みで家事をしてくれている遥人だと理解するのに時間がかかった。もう動くことを拒否した頭は全くと言っていいほど機能せず隆則から常識も良識をも奪っていた。
「仕事終わったんですか?」
恐る恐る訊ねられ、コクンと頷きながら部屋のドアを開けっぱなしのままフラフラと風呂場へと向かう。いくらエアコンが効いた部屋だからといってさすがにもう風呂に入らないで一週間だ、自分の存在が気持ち悪くなってきている。どんなに徹夜に慣れても、この油を全身に纏ったような感覚だけはいつまで経っても慣れることがない。だからシャワーだけでも浴びようと風呂に向かおうとするのに、力の入り方を忘れた虚弱な足はたった数メートルの距離にある場所にすら辿り着くことができない。
「ちょっ! 五十嵐さん大丈夫ですか!?」
「あ……触らないでくれ……いま臭いから」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょうが。どうしたいんですか?」
「ふろ……入りたい」
入らなければ眠ることなんてできない。この臭いまま布団に入ってもべたついた身体が気持ち悪くて悪夢を見そうだ。
「少し休んでからのほうが良いんじゃないですか?」
「やだ……ふろ……」
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