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第8話-7

 隠し事をしているから家族と距離を置いてしまった自分。一人息子にそれなりの愛情を注いでいたであろう両親と兄弟にはもうこの数年会ってはいない。時折来ていた連絡に「結婚」の単語が出るようになってからは返事をしなくなり、そのまま疎遠にしてしまったのは他でもない自分自身だ。  どう転んだって女を抱くことができない自分を曝け出せなくて、どんどん自分の殻に閉じこもってしまったのだから仕方ない。  これからもこうして生きていくんだから、もうこれ以上はなにも望まない。  だから……。 (これ以上優しくしないでほしいな)  優しい遥人の手がゆっくりと汚れた身体を清めていけばそれだけ、満たされることのない欲が膨れ上がってしまう。  誰かにこんなに優しくされていたい、と。  叶わないことなんて最初から分かり切っているから、諦めたほうが簡単。なのに、一度優しくされるとその決意が揺らいでしまう。 「もう……大丈夫だから……」 「何を言っているんですか。五十嵐さん動けないでしょ」  眠すぎて動くことが億劫だ。だが、優しさを味わったら癖になる。いくら人道的見解に基づくものだって分かっていても、飢えた心は満たされたいと熱望してしまう。一度でも味わえば癖になり、もっともっととのめり込んでしまう。 (だめだ……これ以上何も期待するな。水谷君は絶対女の子の方が好きなんだから……)  ゲイなんてそうそういやしない。「そういう」所にでも行かない限り出会えるわけがない。例えゲイだったとしても、こんな貧相でパッとしない容姿の自分は、恋愛の対象になんかなるはずがない。  期待なんかしちゃだめだ。  優しさに慣れちゃだめだ。  雇用契約の範囲を死守だ。  何度も自分に言い聞かせ、隆則は自分で洗うために手を伸ばした。 「後は自分でする」 「無理でしょう。足を少し上げてください。男同士なんですから気にしないでいいですから」 (男同士だから気にするんだよっ!) 「俺、弟たちの世話で慣れてますから本当に気にしないでください」  手慣れているのはそのせいかと合点がいきながらも、だからって彼が世話をしたのは兄弟だからであって、こんな他人の年上の男は対象範囲外だ。

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