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第8話-10
服を脱がされ全身を洗ってもらったのだ。
貧相な身体を見られたことよりも、分身までもを丁寧に洗われたことに悶絶した。分身と共に……。
「ぐあああああああっ! ……やべっ鎮まれバカっ!」
デスクに頭をぶつけて変な脳内イメージを消し去った後、物言わぬのに自己主張だけは激しいそれを叱りつけてなんとか収めようと気を逸らすことに専念した。
とにかく仕事のことを考えれば兆したものは鎮まりかえるのを知っているので、まずはとばかりに仕事のメールを追いかけた。
大量に届いている依頼の中からスケジュールや面白度を照らし合わせてチョイスしていき、相手に返信していく。その間に期待損だとばかりに分身が萎えていった。
(変な期待なんかしちゃだめだ、ドリームだってする必要はない!)
声に出さず自分に言い聞かせる。
今までの悲しい記憶を思い出せば、ゲイでもノンケでも片想いはただただ辛いだけだ。実ることはないし、想うのだって結末を知っていれば心が疲れる。どうせいつだって恋心を募らせたって報われないのだ。
恋人がいれば何かが変わるような気になるが、まず恋人を得るための努力もしていない自分が何かを得られるはずがないし、もう何度も振られた身としては、これ以上傷つきたくはない。
隆則の場合、何度か喰われてからポイ捨てという経験はないが、だからこそ辛いのだ。つまみ食いすらする気が起こらないほど誰にも興味を持ってもらえないということでもある。
ちょっと摘ままれるだけ魅力的な人たちが羨ましい。
ヒョロヒョロで皮と骨しかない身体だ。しかも表情だって陰鬱で気弱で根暗。唯一の趣味にして仕事であるプログラミングだって、一日中パソコンに向かうばかりで外見の印象をより一層暗くさせていく。
どうせ誰も自分を愛さないんだ、なんて期待しながらやさぐれる時期はもう過ぎた。誰にも愛されないし辛いのも嫌だと割り切ってしまっている隆則はただひたすら自分の中で感情を芽生えさせないでいることを徹底してきたのだ。どうせ愛しても愛してもらえないのなら、誰も愛さなければいい、と。
だから、変な感情が動かないようにひたすら心を鎮めて眺めるだけに徹しようとしているのに。
とにかく仕事だ仕事。老後は一人で寂しく穏やかに過ごすために今はたっぷりと金を溜め込むと決めたんだ、まだ仕事の依頼があるうちにどんどんこなしていこう。
スケジュールを確認して、今回のように遥人に迷惑をかけるような事態にならないようほんの少しだけ余裕を持たせる予定組みをしながら、けれど頭の端にあの顔が消えることはなかった。
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