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第9話-3

 けれど……。想うのは許されないだろうか。  甲斐甲斐しく世話をされ、しかも話しかければ優しく笑いながら相手をしてくれるそんな相手は今までなかった。殺伐とした会社員時代もそれ以前も陰気な隆則にそんな優しさを向けてくる人はいない。だからか、少しでも優しくされれば気になって好きになってしまいそうだ。 (しまう……じゃないな。多分……好きなんだ)  自分の気持ちに目をそらし続けてきたが、きっと自分は遥人に恋をしている。一緒にいるだけで気持ちが高鳴り、他愛ない話をしただけで幸福感が胸を占めてしまう。そのうえ自分の心配をしてくれるとなったら、恋愛に不慣れな隆則が堕ちるのは当然といえば当然だ。なにせ、初めて会った時からずっと好意を抱いていたのだから。 「好きになっちゃ……ダメだ」  独り言だが扉の向こうに遥人がいるからと自然と声が小さくなる。  こんなにも年の離れた相手に好意を持たれてると知ったら気持ち悪いと感じられるだろう。  けれど優しくされたら……それが仕事だとしても勘違いしてしまいそうになる。だからこそ自分を戒めないといけない。なるべく遥人のことを考えないようにとまたパソコンを立ち上げた。次の依頼はいつまでだったか、モニターの横にあるカレンダーを確認する。書き込みスペースが広い大きめのカレンダーには年始にサービスを開始したい企業からのタイトなスケジュールが書き込まれている。これなら三日で作れるかとメールに添付された仕様書を確認し、ざっとキーボードの横にあるノートにコマンドのレイアウトを書き始めた。  まもなく試験だという遥人を煩わせたくなくて、隆則はまた部屋から出ない生活を続けながらなんとか自分の気持ちを封じるのに専念した。専念しすぎて完璧すぎるプログラミングを作り上げてしまったのは怪我の功名か、クライアントにひどく喜ばれ、次もよろしくと嬉しい返事をもらえた。  けれど、その間もあまり顔を合わせていないのに、遥人は甲斐甲斐しく隆則の世話をし続けている。飲み物を取りに行けば冷蔵庫には好きなブランドのお茶が常備され、テーブルにはいつでも食べられるよう冷めても美味しい食事と目立つところに菓子が常に用意されている。  そしてうっかり顔を合わせればあの優しい笑みを向けながら仕事の進捗を訊かれる。簡単に予定を話せば、納品後には胃に優しくも豪華な食事が用意されるのだ。 「だから、そんなに気を使わなくていいから」  珍しく一緒に夕食を取りながら懇願した。帰省の話をしてからあっという間に時間は過ぎ、もう今年も終わりに近づいている。試験が終わったという遥人は今まで以上に甲斐甲斐しく隆則の世話を焼きはじめた。結果発表は来月で、次の試験に向けての勉強をしながらいつも隆則のために何かをしている。  そんなに優しくされたら勘違いするからもっとそっけなく事務的であって欲しい。 「気を使ってませんよ、本当に。でも五十嵐さん仕事中はあまり食べないでしょ。おかゆやおじやとか簡単なものしか作ってませんから」  細かく刻んだ野菜が入ったおじやのどこが簡単な料理なのかと問い詰めたくなる。しかもおかずとして並べられている料理には若者が好きな揚げ物はなく、筑前煮や解した鮭を和えたサラダなど、三十代の胃にも優しいものばかりが並べられている。

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