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第9話-7
(バカ……そんなこと言われたらまた変な気持ちになる)
アスファルトで固めたはずの心の僅かな隙間をくぐって恋の若葉が芽吹き始める。花が咲くことも種を落とすこともないのになぜ芽を出そうとする。結果は決まっていて、こんな気持ちを抱いていると知られたら絶対に気持ち悪がられて出ていかれる。ゲイなんかと暮らすよりも野宿のほうがましだと思うに違いない。
隆則はそっと若葉を抜き取ろうとした。なのにしっかりと根が張られているのか、どんなに引っ張っても引き抜くことができない。
(もうやめたはずだろ)
恋してもらえると期待することを。一人で生きると決めて、そのために頑張って仕事だってしている。辛そうにしていた彼に手を差し伸べて感謝されるだけで満足しろ。何度も心に叱責を飛ばしては成長しようとする若葉を抜きにかかる。
出ている部分は小さいはずなのに、張った根は心の奥深くまで届いてしまったように抜け出そうとはしない。
(バカ……変な気は起こすな)
どうせ愛してもらえないなら初めから期待なんかしなければいい。相手は15歳も年下の大学生で、しかもノンケだ。優しくしてくれるのだって衣食住を提供しているからで、隆則が雇用主だからだ。
どんなに自分を落ち着かせるための言葉を心の中で吹き荒らしても、どんどんと遥人へと向かっていく気持ちを止めることができない。
掃除で疲れているだろうにきちんと夕食の準備をして一般人が当たり前だと思う時間に綺麗にテーブルに並べられる。
隆則は気付いていなかった。気持ちだけではない、胃袋までもが遥人を求めていることを。優しい味わいの料理たちに疲弊しきっている胃袋がどれだけ癒され活力を見出しているのかを。
出汁の効いた澄まし汁を啜りながらどれだけほっとしているのかを。
「美味しいですか?」
正面に座りながら同じものを摘まむ遥人は必ず訊ねてくる。
「うん……こういうの好き」
お椀で顔を隠しながら小声を吹きかける。
「良かったです。五十嵐さんの好きなものがあったら教えてください。俺、作りますから」
「あ、うん。特にこれってのなくて……でも、この間作ってくれたおじや、手を付けなくてごめん」
満腹はデスマッチの最大の敵。胃袋が満たされればついにやってくる眠気に抗えなくなるからと、気を使って作ってくれたのに手を付けずにいたことを随分とたった今になって詫びる。
「気にしないでください。俺も食べるほうが仕事に支障があるなんて知らなくてすみません。あれはちゃんと俺の朝食になったんで」
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