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第9話-8

「そうなんだ……良かった」  馨しいおじやの匂いを思い出すとどうしてだろう、どんな味だったのか気になってしまう。 「もしよかったらあれ……もう一回作ってくれるかな?」 「いいですよ、簡単ですから。明日の朝はおじやにしましょうか」 「ごめん、助かる。それと、いつも美味しいものを作ってくれてありがとう」  今、この家で干からびずに仕事を続けられるのは遥人のおかげだ。どんなに疚しい気持ちを抱いているとはいえ、ちゃんんと感謝だけは伝えようと疚しい気持ちを隠すからやっぱり小さくなってしまう声を何とか絞り出す。なぜか頬が熱くなるのはきっと、澄まし汁の湯気のせいだ。 「や……はい、ありがとうございます」  一瞬何か言おうとして、だが遥人はいつもの優しい笑みを浮かべながら受け取った。もしこれが漫画なら彼の背景には豪華な花が描き込まれているに違いないほどそれは眩しくも輝いていた。 (格好いいって罪だ)  自分よりもずっと年若いのに、顔と体格がいいせいで余計に眩く映る。 (やばい……変な気が起きそう)  なんせ同居を始めてからというもの、仕事を無理やり詰め込んだせいで下半身の処理を疎かにしている。扉の向こうに遥人がいたらと思うと下肢に手を伸ばすこともできないままだ。  もういい年だ。さすがに35になればそのあたりも衰えてくるが、寝て起きると当然というように元気になっているし、目を背けようとし続けている気持ちが段々と大きくなっているのが分かっているから、妙な気持ちが湧き出してしまいそうだ。 (近いうちにまたお願いしなきゃ……)  いつも世話になっているデリヘルボーイにまたすっきりさせてもらったほうがいいかもしれない。  だがどうやって?  家から一歩も出ない隆則に外出する上手い口実が見つからない。  だからといってこの家に呼ぶのもできない。遥人がここまで綺麗にしてくれている場所に他の誰かを入れたくない……違う、遥人と二人の空間を壊したくないのだ。たとえ彼が家にいない時間であっても。 (どうすればいいんだ?)  上手い言い訳がすぐに思い浮かぶほど世慣れていない隆則は困った。あそこの営業は夜からだろうからどうしても夜に外出をしなければならないし、冬休みに入ったから遥人は買い物以外は一日中家にいる。出かける言い訳に使えそうな仕事だってしばらくないと口にしてしまった後だ。

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