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第9話-12
ノブを下ろすと同時に開いた扉から遥人が顔を出した。
「え……」
ベッドの上で下肢を露にした姿を見られ、隆則は固まった……はずなのに腰だけが上下を繰り返す。
「あ……すみませんっ俺の名前を呼んでたから」
「……う……そ」
声に出していたのか。数多の中で想像していた好意すらも見透かされたかもしれない。隆則は慌てて布団を自分の下肢に被せた。もう遅いとわかっていても。
なんて言っていいかわからない。パニックになったキョロキョロと逃げ場を探すように視線を動かし、壁にある鞄に目が付いた。
物がなくならないようにと貴重品がそこに仕舞ってくれたのは遥人だ。電話も財布もそこにある。そしてその隣にはクリーニングに出してくれたコートが丁寧にかけられている。
(逃げなきゃっ)
もうそれしか頭になかった。彼の名前を呼びながら自分を慰めていたなんて知られて、もう一緒になんていられない。けれど年末の今、彼を追い出すこともできない。なら自分が出ればいい。
どうしていいか分からず扉を開けた時の態勢のままになっている遥人にこれ以上みっともない自分を見られたくない。
隆則は一気に萎んだ分身を慌てて下着の中に押し込むと、乱暴にスウェットのズボンを引き上げ、鞄とコートを奪うように手にすると遥人を押しのけて部屋から飛び出した。
「五十嵐さん!」
制止の声も聞かずシューズボックスから取り出したスニーカーに足を突っ込み、踵を踏みつぶしながら自分の家から逃げ出した。
エレベータを待つのももどかしく階段を駆け下り外に出れば、年末のイベントで賑わう人々の間を縫って走り続けた。そして久しぶりに夜にしては早い時間に訪れた商店街の入り口で鞄から電話を取り出した。アドレス帳にDとだけ登録されている番号に発信する。
『お電話ありがとうございます』
名前を名乗らないのに相手に失礼のない穏やかな口調の声は馴染みがあった。
「いっ……五十嵐です」
『五十嵐様、ご無沙汰しております』
「あ、あのっ……誰でもいいのでお願いします!」
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