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第10話-2

(邪魔をしてしまった)  助けようと思っていたはずなのに、余計な気苦労をかけさせてしまっている。やっぱり自分は一緒にいないほうがいい。けれどこんな年末に彼を放り出す選択肢もない。どうしたらいいのだろうか。  リビングの真ん中で俯いたまま動かない隆則をそっと促し、ほぼ使っていないソファに腰かけさせる。 「どこに行っていたんですか? そんな薄着で出たら風邪ひくじゃないですか……しかもこんな時間まで」  初めての責めるような口調に驚いて顔を上げれば、真っすぐにこちらを見つめる瞳は怒りを宿していた。どれだけ心配をかけさせるんだと言っているようでまた慌てて俯く。 「ごめん……」  謝る以外の言葉が出てこない。責任感の強い彼のことだ、自分が覗いてしまったから逃げ出したのだと思ったのだろう。もしかしたら勉強もあまり進まなかったのかもしれない。  公認会計士試験がどれだけ難しいものかはよくわからない。だが三回も試験がありその結果では就職先が変わってくると聞けば、彼にとってどれほど大切な時期なのかは理解していた……つもりだった。試験を終え大学を卒業するまではと考えていたのに、これから先どうすればいいのかわからない。  なによりも、今遥人が何を思っているのかが気になって心が縮む。彼の名を呼びながら自慰をしていたと気付いているのかいないのか、それすらわからなくて身動き一つとれずにいる。 「謝って欲しいんじゃありません。ここは五十嵐さんの家なんですから出ていかなくてもいいじゃないですか。しかもこんな時間まで何をしていたんですか」  丁寧語なのに怒気が強い。元々低い声がさらに低くなり、リビングの床を這い上がってくるような空気の震わせ方だ。あまり怒られることに慣れていない隆則はそれだけで竦み上がった。 「えっと……」  家を飛び出してから六時間も何をしていたのかを詳細に言わなければならないのだろうか。なるべく詳細を伏して言おうと頭を動かすが、あまりも疲れ切った身体へ栄養が回りすぎているため、必要な糖分が頭に与えられず普段以上に思考が鈍る。そのうえ寒い中を歩き続けてきたせいで異様に疲れてもいた。 「○○から歩いて帰ってきて……」 「なんでそんな遠いところからっ」 「指定されたから……」 「指定? なんのですかっ」  遥人の声がどんどんと低く鋭くなり、隆則は敵に囲まれたウサギのようにガタガタと震えながら小さくなった。 「でっ、デリヘルのっ」  ピクンと遥人の眦が吊り上がったが隆則は気付かない。

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