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第10話-8

 この温もりはもう二度と味わうことはないんだ。遥人が達った後にようやく解放された手を動かし、これからやってくる辛い瞬間に備えるように破けるほどきつくシーツを掴んだ。 「ねえ、五十嵐さん」  賢者タイムが終わったのだろう、隆則の耳元で遥人が囁いた。 「俺のこと、好きでいいんですよね」 「ごめん……」  好きになってごめん。本当は好きになんてなりたくなかった。一秒でも長く側にいたいから。一瞬でも長く一緒に暮らしたかったから。彼と住む心地よさをもっともっと味わいたかった。  でもそれも今日で終わりだ。 「謝って欲しいんじゃないです……なんで言ってくれなかったんですか」  言えるわけがない。気持ち悪がられて汚物を見るような目で蔑まれると分かっているからひたすら隠し続けようとしたのだ。 「嫌われて……出ていかれたくなくて……」  言葉を濁す。好きになってもらえない前提だから、心がどこまでも小さくなる。予想通り彼に罵倒されたら、これから自分は恋どころか人に何かの感情を抱くことすら恐怖するのだろう。仕事を介してでしかきっと人と会うことができないほどの傷を残すだろう。  思い出すのは初めて牛丼屋で彼が向けてくれたあの暖かな笑み。客向けの言葉でも自分にはこの上なく救いとなった言葉。  それだけを胸に残そう。 「はあ。嫌う前提ですか……、俺がもしって考えないんですか?」 「だって君ノンケだろ、ゲイと一緒に住むとか気持ち悪いじゃないかっ」 「ゲイがどうのってわかりませんが、俺、五十嵐さんのこと嫌いじゃないです……むしろ気になってます」 「…………は?」 「気になってる、じゃないな。うん、多分守りたいんです。五十嵐さんが他のやつに何かされてるんだって考えるだけで凄く嫌な気分になります。こういうこともしたいなら、俺がします……風呂も飯も何もかも、俺がしたいんです」  蕾が開こうとするのを感じて慌てた。  上手く動かない頭で内容を精査する。  何もかもしたい。それはどんな感情なのだろうか。理解できずじっと遥人を見つめた。様々なシステムを瞬時に組み立てられるはずの脳内が、相手の求めている内容を瞬時に把握して仕様書を作り込める脳内が、全く働かない。  ただ分かるのは、「何か違う」ということだ。

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