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第11話-3
今は珍しがって隆則の相手をしているだけで、彼が冷静になりこの関係に疑問を抱いた時が花の散る時なのだろう。
(今から覚悟すればいいんだ……これ以上のめり込まないようにしないと)
この恋には終わりは必ず来る。元々叶わなかった恋が神のいたずらで成就してしまっただけ。神の気まぐれの効果が薄れれば正気になった遥人はこの関係に疑問を抱き離れていくだろう。それがいつかは分からないが、そう遠くないような気がしていた。
(また傷つくんだろうな)
実らなかった初恋のように、この恋もまた心に深い爪痕を刻んで終わるのだろう。
カチカチと少し暗い部屋でキーボードを叩きながら、その日を覚悟しておかないとと自分に言い聞かせる。浮かれて恋人のいる時間を当たり前にしては駄目だ。遥人の勘違いを本気にしては駄目だ。『いつか』のために慣れないほうがいいに決まってる。
最後には失うのだから、いつものように。
芽吹いてはこんな貧相で特に目立った魅力のない自分を嗤われては消え去った恋の数々で嫌というほど理解しているはずだ。相手を引き付ける魅力など自分にはないことを。しかももういい年だ。こんなおじさんを相手にしているのは神のいたずらか気まぐれか以外何物でもないだろう。
(でも……できるならその時間が少しでも後のほうがいいな)
だからといってどうしたらいいのかはわかっていない。ただ遥人のためにできることをする以外は。
(こんな俺といて楽しいのかな?)
扉の向こうで今日も甲斐甲斐しく夕食を作っている音がしている。包丁とまな板が奏でるリズミカルな音楽の隙間に遥人の鼻歌が編み込まれていく。今流行りの曲だろうが、もう時代の波から放り出されて久しい隆則の耳には全く馴染みのないものだ。年末年始くらいしかテレビを付けない生活が続きすぎて流行など何一つわかっていないし、気の利いた会話もできない。饒舌になるのは仕事の話くらいの隆則が遥人の世界を理解するのは難題だ。
こんな共通話題一つない相手の一体どこがよくて遥人は「好きだ」と言ってくるのだろうか。
(まさかセックスにはまったとかじゃない、よな……)
その可能性も否めないが、遥人ならこんな貧相なおじさんよりもずっと若い子とだって付き合えるだろう。逞しい身体にあの笑顔だ、ゲイバーに行けば引く手数多で一晩の相手にも困らないだろう。ただそういう場所を知らないのだとしたら、教えたくはない。自分に自信がないくせに独占欲は勝手に働いてしまう。もし他の出会いがあったなら簡単に自分は捨てられるのは火を見るよりも明らかだから。
冷静に考えているようで、期待しないでいたいのに束縛したいなんて矛盾を抱えているのすら分からなくなるほど、秘かに舞い上がっている自分に気づかないまま、どうにか自分を制御しなければと思いながらシステムを組み立てていく。
「この分なら今晩には終わるな」
呟いている間に出汁の香りが扉の隙間をくぐって隆則の鼻孔を擽る。
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