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第11話-4

 その匂いに夕食の時間が近づいていると無意識に感知した脳が手の動きを速めさせる。彼がドアをノックするよりも先にエンドマークを付けようとさらに集中を促す。そして最後のコマンドを打ち終わったのと同じタイミングでいつものようにドアがノックされた。  ドアが少し開いて遥人が顔を覗かせる。隆則の様子を伺い、集中しているようならそのままドアを閉めていると知ったのはつい昨日だ。隆則が仕事を始めると周囲の音を全く耳にせず声をかけても返事をしないと、たった数ヶ月の同居で学んだのだろう。  パソコンデスクから振りむき目が合うと、遥人は嬉しそうに表情を崩した。 「ご飯、できましたよ」 「あ……ありがとう、今行く」  見直しは食後にしようとデータを保存しスリープモードにして部屋を出れば、潜り込んできたよりもずっと馨しい香りがダイニングいっぱいに広がっていた。 「今日は『人日の節句』なので、優しいものにしてみました」  耳慣れない単語に疑問符を頭一杯に埋め尽くしながらテーブルに着けば、煮魚と共に出されたのは緑が鮮やかに散りばめられた雑炊だった。 「隆則さんはおかゆよりも雑炊のほうが好きだと思って、アレンジしました」 「これ、七草粥か」  おせちなどを作らず年末年始も当たり前のように遥人が作ってくれた料理はいつも隆則の体調に合わせたメニューで、酷使もストレスもない胃腸は以前に比べて劇的に改善しているから、今日も普通の料理が出てくるのかと思っていた隆則は驚きながらも、食欲をそそる雑炊の香りに引き寄せられる。 「いただきます」  匙で掬った七草の入ったおじやに息を吹きかけて冷ましてから口に含めば、アミノ酸を多く含んだ出汁が脳を刺激して幸福度を増させる。 「美味しい……」  自分の好みに合わせた料理のどれもこれも美味しくて、ポロリと言葉が落ちてしまう。煮魚も臭みを減らすための生姜がいいアクセントになり柔らかくなった身に僅かに染みこんだ醤油と出汁を引き立てている。ホロホロと口の中で解れる魚の甘みをしっかりと味わいながら、それを邪魔しない雑炊の優しい味わいに腹も心も満たされていく。  自然と肩に入っていた力が抜けていく。  その様子を見て遥人が甘い表情になっているのにも気づかずどんどんと口に運んでいく。 「お仕事は大丈夫ですか?」  向かいの席に腰かけた遥人が匙を手にしながら訊ねてくる。 「後で見直すだけだから、今日中には納品できるかな。さっき最後のコマンド打ち終わったから、今日は久しぶりに眠れる」 「そうですか」

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