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第12話-1

 あの人に興味を覚えたのはいつからだろうか。  遥人は指でシャープペンシルを回しながら考えていた。  同居を始めてから半年、前年度の最終試験も望んだ成績を修め新年度も始まり、ゼミの教授の覚えもめでたくなった今、今月末に行われる資格の勉強をしながらも、休憩のたびに想いを馳せてしまう。  リビングを挟んだ反対の部屋で今日も仕事のために引きこもっている隆則とはもう一週間以上も顔を合わせていない。スケジュールが狂ったと呟いたっきり部屋から出てくるのが稀になってしまった。どうやらクライアントのトラブルに巻き込まれたようで、タイトな仕事が重なってしまい、そのしわ寄せを食らっているようだった。  いつでも軽食を口にできるように冷蔵庫やダイニングテーブルに食事やお菓子を置いておいたが、あまり量が減っていないことに心配になってしまう。  どうしてここまで気になるのだろうか。  思い起こせば初めから、なのかもしれない。  バイト先で今にも死にそうな顔で食券機を前にわたわたしている隆則を見た時からどうしようもなく心配になった。目は虚ろでクマをくっきりと作りながら見上げてきた表情に、なぜかこのまま消えてしまいそうな気がして何かできないかと思ってしまった。  カウンターに腰かけ味噌汁を啜りながら涙を流している姿に胸が締め付けられた。一体何がこんなにもこの人を悲しませているのだろうか。だがその時遥人にできるのは店に備え付けのではなく自分のポケットに入っているハンカチを絞って作ったおしぼりを差し出すことくらいだった。隆則はそれを目にしてとても不思議そうな顔をしていた。なぜそれが差し出されているのかも分からずぼんやりとこちらを見てきたその表情はとても幼く見え、手のかかる弟たちを見ているようだった。このまま放っておけない気持ちになったのは、今まで自分が長男として多くいる弟たちの面倒を見てきたせいだと思っていた。少しでも元気になるならと声をかけ、店に来るたびに話しかけた。  時折見せる綻んだ表情にほっとしながら、ずっと気にはなっていた。それが何を意味するかも分からなかった。  次第に入店がなくなり、それと合わせたかのようにバイト先の閉店の話が持ち上がった。  飲食店を選んだのは賄があるからだ。  できる限り食費を削りたくて自宅近くで選んだバイトだったからなくなるのは痛かった。

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