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第13話-3

 二人の姿があまりにも自然で、なんの疑問も抱かれないまま周囲に溶け込んでいる姿に、ようやく理解した。と同時に自分の存在がこの世界で異様に思えた。周囲を見回せば親し気に手を繋いで歩く若い男女が長期休暇の最後を楽しく過ごしており、同性同士で歩いている者たちは適度な距離を保っている。 「なにやってんだろ、俺……」  隆則は目を伏せ急ぎ足で駅の改札へと向かった。来た電車に飛び乗って車両の僅かな揺れに身を任せながら車窓を眺めても先ほどの光景が頭から離れなかった。逃げ場のない気持ちを抱えたまま家に帰りつき、部屋に閉じこもる。急ぎの仕事はないが今は落ち着かない感情のままでぼーっとしていたくなくて、まだ手を付けなくてもいい仕事にとりかかった。他のことを考えてないと胸のざわつきに引きずられそうで怖かった。沈み込んで悪い方にばかり考えがいきそうで、怖くて怖くて逃げださなければ心が押しつぶされそうだ。  必死にコマンドを頭の中に並べ立てそれを打ち込んでいく。  一体何時間それを続けたのか自分でもわかないくらい開発に没頭した。ざわめく心をないがしろにして現実を見ないようにして、一人だけの薄暗い部屋でただただキーボードを打ち続けていると、部屋の扉がノックの後に開いた。 「あれ、隆則さんまた仕事ですか?」  なぜか仕事のスケジュールを把握している遥人が当たり前のように近づいてきた。 「うん……」  おざなりの返事しか返せない。今は彼の顔を見られなくてわざと画面にくぎ付けになってやり過ごそうとした。 「あまり根詰めすぎないでくださいね。夕飯ができたら呼びますから」  大きな掌が当然のように髪を梳き、頬に唇を当ててくる。  最近では当たり前になってしまったスキンシップを奥歯を噛み締めながら堪え、いつも通りのふりをする。  その手が、その唇が、もしかしたら自分以外に触れたかもしれない。その優しさが甘い声があの子にもかけられたかもしれない。想像するだけで手が止まりそうになる。  本当に自分は遥人の恋人なのだろうか。  はじめはそうだったとしても男同士の恋愛関係に疑問を持ち始めたかもしれない。 「そりゃそうだ」  ぼそりと漏らした言葉は泣きそうなトーンになってしまう。  この関係が歪だったのだ。住むところを失った遥人にこんな関係を強いたのはむしろ隆則の方だ。住む場所がない彼に自分の気持ちが知られた時点で選べる選択肢など存在しなかっただろう。目標である国家資格を取るための時間を得るために恋人になってくれたのだと思うほうが自然だ。

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