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第14話-1

 最近の隆則は変だ。どこかぼんやりとしていていつも泣きそうな表情をしている。仕事で何かあったのかと訊ねても「なんでもない」というばかりのくせに時折眦に涙を溜めている。ずっと側にいて慰めて聞き出したいのに、夏季休暇は終わりを迎え、大学内はもうすぐ始まる学際の準備に追われてあまり彼に時間が取れなくなっていた。去年までは資格試験の準備でサークルにも入っていない遥人にとっては他人事だったが、今年度は違ってゼミで出す催しの企画やらに時間がかかり、しかも主要メンバーに加えられてしまった関係で隆則と一緒にいる時間すら減ってしまっている。 「あの人、何も言ってくれないからなぁ」  そばに誰もいないのをいいことに、当日の配置を練りながらつい愚痴ってしまう。  守秘義務があるから仕事の話の詳細を告げられないのは仕方ない。たとえ家族にだって放してはいけないことがあるというのは、まだ学生でも公認会計士を目指している遥人にだって理解できる。クライアントの情報をむやみやたらに漏らしては信用に関わるコンプライアンス違反だ。フリーランスで仕事を請け負っている隆則ならば余計にそのあたりは徹底しているだろう。  けれど、一緒に暮らし始めてまもなく一年になろうというのに、どこか壁を作られているような気がする。あまり喋りたがらない隆則から引き出せる情報は僅かだ。仕事のことだけではない、何を思っているのか、なにに苦しんでいるのか、全く話してくれようとしない。自分の殻に閉じこもっているようで焦燥感が膨れ上がる。  手ごたえのあった資格試験の結果があと一ヶ月で出る今、心に余裕があるからこそ、自分の時間全てを隆則のために費やしたい。少しでも心にわだかまりがあるなら話して欲しい。  願っても何も話そうとはしてくれない年上の恋人に焦りを感じていた。  もし年が近かったらあの人は話してくれただろうか。  自分があまりにも子供過ぎて、未だ独り立ちしていない未熟な存在だから話せないと思われているのだろうか。 「水谷君、シフトできた?」  ゼミでも親しくしている同級生の女子生徒が声をかけてくる。彼女の手にはゼミの出し物である露店の材料が抱えられていた。 「あ、持つよ」 「大丈夫大丈夫、そこまでひ弱じゃないって。それよりもシフト難航しているの?」  動きやすさなど度外視の袖にボリュームのある服にデニム姿という定番の服装でありながら、ちゃきちゃきと動く。遥人が飲食店でバイトしていた経験があるというだけで、ゼミとしては異例の露店をやろうと盛り上がってはいるが、調理に関しては実家通いの者も多く不安しかないメンバーでシフトを組むとしたら自分がずっと張り付いていなければならないのが現状だ。

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