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第15話-3

 仕事の連絡だってメールか携帯があれば、少し遠方に引っ越したからと言って誰にも迷惑が掛からないだろう。 「あ、こことかいいかも。商店街が近くにあるしファミレスもコンビニもある」  それだけあれば食べるのに困らないだろう。近くにコインランドリーもあれば便利かもしれないと、目を付けた物件の周囲を検索し始めた。 「あ、あるある。ここいいな。へぇ、食堂とかも多いからいいかも」  ストリートビューで商店街の様子を確認して隆則はすっかりそこを気に入ってしまった。  なによりも遥人の大学と家を挟んで反対側というのがいい。私鉄しか通ってないが、どうせ引きこもるのだから関係ないだろう。 「明日にでも見に行こう」  ネットで問い合わせボタンを押し自分の情報を入力する。すぐに不動産の担当営業から電話が入り明日の内覧を希望すれば即答してきた。 「準備万端、後は持っていくものをリストアップして……あ、引っ越し前に終わらせる仕事早めにやっておけばいいか」  少し直近の締め切りは三件で新規開発は一つしかない。まずはそれから取り掛かろうと仕様書をプリンターに打ち出す。すでに頭に入っている内容だが、重要な部分にラインを引き汎用の利くシステムになるようコマンドを打ち始めた。 「相変わらずサーシングの仕事は細かいな」  社長が変わってから丁寧な仕様書が出てくるようになったのはいいが細かい指示が多い書類にいちゃもんを付けつつ、早速取り掛かる。あそこは多くのプログラマーを抱えているからベースさえ作り込めば後は優秀な社員たちがやってくれるだろう。コマンドが網羅された本を横に置きながら隆則は少しハイになりながら打ち続けた。  変なアドレナリンが分泌している間に作業をしてしまおうとするのは、そのあとにやってくる寂しさや心の痛みを味わってしまえば仕事にならなくなるからだ。隆則の状況がどうであれ、締め切りにさえ間に合えば干渉されないのが気楽でいい。そう、どんなに辛くても悲しくても、仕事さえしていればそのうち忘れることができる。 (もうすぐ遥人と一緒にいられなくなるんだな)  その覚悟はとっくにできているはずなのに、どうしても心が追い付かない。あまりにも優しくされ過ぎて心が溺れてしまっている。隆則の『初めて』を見つけては喜ぶ顔をどれほど見せてくれただろうか。不器用で言葉数が少ない自分が相手なのにいつも甘くかけてくる言葉の数々が心地よくて、こんなテンションでもなければすぐにでも「離れたくない」と思ってしまう。 「ダメだ、このままじゃダメなんだ」  遥人のためにも、自分のためにも。

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