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第16話-4

 倒れるようにいつも座っているダイニングの椅子に腰かけた。朝が弱い隆則のために消化にいいものをと用意した大根の根と葉を入れて炊いた粥が冷たくなったままそこにあり箸をつけた気配はない。 「なんだ、これ……」  その横に置かれた紙を手に取って並んだ文字を目で追った。 「なっ!」 『水谷遥人様  今まで私の面倒を見てくれてありがとうございました。辛いことを頼んで申し訳ありませんでした。  私の性癖に君を巻き込んでしまったことをずっと後悔していました。  いつか君がこの関係に疑問を思い離れていくのは分かっていました。  なので私が出ていくことにします。  生活費は今までのように振り込んでおきます。そして今まで通りバイト代も出しますので、大学を卒業するまでは今までのようにここに住んでください。  できればその部屋に恋人を招き入れないでくれると嬉しいです。  君の未来が輝かしいものでありますように。  彼女と幸せになってください。 五十嵐隆則』  簡潔で飾り気のない文章が明朝体で印字された紙を持つ手が震えた。 「な……なんだよ、後悔って……出ていくってどういうことだよ」  誰かを好きになるのに性別など気にしたことがなかった。隆則だから気になったのだし、隆則に誘われたからここに住むことにした。なによりも、見知らぬ男に抱かれたと聞いて怒り狂って自分から関係を持ったのだ。あの人を抱くのは自分だけで、他の誰にも触れさせたくない。あの時の感情に名をつけるならば間違いなく『嫉妬』だ。そして今日まで自分が隆則に抱いていたのは『独占欲』だろう。 「巻き込むってなんだよ……」  好きだと言われて嬉しくて舞い上がった自分はどうすればいいんだ。不器用なあの人の『初めての恋人』として有頂天になっては抱き続けた自分はどうすればいいのだ。  それに……。 「彼女って誰だ」  全く身に覚えがない。自分の恋人は隆則ただ一人で、親しい関係の女性はいないのに一体どこからそんな女が登場するというのか。 「隆則さん……これどういうことだよ」  頭が追い付かない。生活費もバイト代も何もいらない。ただ隆則と一緒に住んで隣にいて今までと変わらない生活を送れると信じていたのに、その単純な未来がなぜ叶わないのだろうか。障害なんて何もないのに、勝手に障壁を作っているようにしか遥人には感じられた。  ガっと胸の奥から腹にかけて熱くなるのを感じた。年齢以上に諦観していた遥人が感じた大きな怒りはこれで二回目だ。当然初回は隆則が抱かれてきたと告白したあの時。弟たちがどんな悪さをして怒ることはあってもここまでの怒りを感じたことはなかった。 「ふざけるなっ」  手の中の紙が破れそうなぐらい握りしめた。 「絶対に逃がさないからっ」  ガンっと皿を浮くほどにテーブルを叩いて丸めた紙を投げ捨てた。

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