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第17話-2

 すでに遥人の恋人の情報が教授の耳にまで伝わっていたとは知らず、驚いて顔を上げた。コーヒーの入った紙コップを片手にデスクに凭れかかる教授の姿が、逆光のせいか酷く頼もしく映る。まもなく50歳になろうとしている教授は未だ独身で研究に心血を注いだらこの年になってっしまったと笑いながら言うほど気安い性格だが、こういう時は頼りがいのある年上の男に見えるのはなぜだろうか。 「出て、行かれました」 「一緒に住んでいたのか……君のアパートに?」 「違います、あの人名義のマンションで一緒に住んでいて……手紙一枚だけおいて最低限の荷物だけ持ち出して……」 「ほう、それはまた稀有なパターンだ。水谷君を追い出せばいいのに自分が出ていくとは」 「あの人、なんかいつも自信なさそうで……仕事はいつもスケジュールがいっぱいになるほど依頼が来るくらい凄いのに、いつも下を向いて何も教えてくれないんです……」 「そもそも、二人が知り合ったきっかけは何だ?」  掻い摘んでた隆則との今までを話した。相手が男という部分だけ伏せてありのままに。自分がしたこと、思ったこと。頼りない隆則を囲い込みたくて自分だけを見て欲しくてしてきたことやそれをゼミの女性陣からコテンパンに非難されたことまで、何一つ隠すことなく伝えた。 「うん、それは水谷君が悪いね」 「……俺のどこがいけなかったんでしょうか」 「その人は君のペットか何かなのか?」 「違います、恋人ですっ!」 「けれど君の愛し方は人間に対するものではないね。だって君、相手のことを想ってと言いながらどこも想っていないじゃないか。自分がしたいことだけを押し付けて自己満足して終わっていないか?」 「え?」 「だってそうだろう、自分がこうしたいってことばかりを押し付けている。これなら愛せるって条件を無意識に提示して、相手を雁字搦めにして自己満足に浸っているようにしか聞こえなかった。オナニーと同じだ」 「そんなっ!」 「普通の、しかも成人した人間なら一定の自己が存在する。得手不得手があるとしても君の話じゃ35年も生きてきた立派な大人だ。確固たる意志があるはずなのにそれを押さえつけてしまっているね。君の話では自己肯定感が低いようだから、自分の気持ちよりも君の要求を受け入れて息苦しくなったのかもしれない」 「でも隆則さんは何もできなくて、俺がしてあげないとっ!」  叫んではっとした。今まで隠し続けていた相手の性別を言わないでいるつもりが興奮して名前を出してしまった。  教授はにやりと笑い、だが静かに目を伏せた。 「成人男性なら余計に矜持があるはずだ。まぁこれは私の想像でしかないがね。ただ一つ言えるのは、愛というのは会計学と似ていて、バランスシートは崩れてはいけないんだよ。与えるならきちんと与えられなければ互いのバランスが崩れてしまう。バランスが崩れてしまったらそれはもう会計として完成していない。恋人としての関係が成立しないんじゃないかな」

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