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第18話-6

 元後輩が慌てて席を立ち、名刺交換の姿勢に入る。その様子をぼんやりと見つめながら唇が戦慄くのを感じたが動くことができない。 「五十嵐さんっ!」  元後輩に肩を叩かれてから慌てて席を立つ。 「いっ……五十嵐です」 「水谷です、よろしくお願いします」  交換した名刺には『アシスタント 水谷遥人』の文字が印字されている。 「この水谷が今回の窓口となります。申し訳ないです、すぐに出かけなければならないので続きは水谷からお伝えします。じゃあ後は任せた」  担当者はポンと遥人の肩を叩くとそそくさとその場を離れた。 「概要はどこまでお伝えしてますか?」 「顧客情報と進捗の可視化のあたりです」 「ありがとうございます。では説明を続けさせていただきます」  遥人がどんどんと内容を伝えていくが、隆則はそれに合わせて頭がぐちゃぐちゃになりタイプできなくなった。  なぜ、という疑問が解消できないまま時間だけが過ぎていく。 「以上が今回お願いするシステムの内容となります。いかがでしょうか」 「一度、社に持ち帰って仕様書と見積もりをお出しいたします」 「助かります。個人的な要望ですが、システムは五十嵐さんに開発をお願いしたいと考えています」 「あの、なぜ五十嵐を希望されているかを伺っても」  元後輩もずっと不思議に思っていただろう。隆則の名前など会計士が知りうるわけがないし、クライアントからプログラマーの指名など前代未聞だ。 「五十嵐さんとは知己で、彼の仕事ぶりは存じてます」 「あっ、そういうことなんですね。びっくりしましたよ」  二人の間で朗らかな空気が漂い始めるが、隆則はとてもその中に入り込むことができず、硬い表情のままただ遥人の視線から逃げることしかできなかった。しかも時折、責めるような視線が隆則に向かってくるのは気のせいだろうか。気のせいにしたいが怖くてしっかりとその表情を見ることができない。怯えて震える心を隠しながらひたすら会話が終わるのを待っているが、着なれないスーツがより一層窮屈で逃げ出したくなる。ここから逃げたい。自分しかいないあの場所へと逃げ込んで、忘れてしまいたい。  また期待するのは嫌だ。  遥人が自分を好きなのだと、興味を覚えているのだと想像するのが苦しい。  ただ会社のために自分が知っている人間を招いただけ、そうあって欲しいと願いながら早く終われと祈り続ける。  元後輩は共通話題が存在することになにかを感じているのか無駄に長引かせようとしているし、遥人も笑顔で受け答えをしては時折隆則を見つめてくる。

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