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第18話-7

「では三日後にメールでご連絡いたします」 「お待ちしてます」  二人の会話が終わった合図に早々とパソコンを鞄にしまおうとした隆則の腕を、あの大きな手が掴んだ。  ビクッと身体を震わせ恐る恐る見上げれば、最後に会った時よりもずっと大人びた雰囲気の遥人としっかりと目が合う。学生の頃には身に着けていなかった黒縁の眼鏡に短くなった髪。いかにも仕事のできる男を演出した容姿は自分が知っている遥人とは違い過ぎて逆に怖くなった。なぜ自分を掴むのかも分からないが、蛇に睨まれた蛙のように微動もできなくなる。 「五十嵐さん、この後少し時間をいただけますか? 久しぶりですしゆっくり食事をしながら話をしましょう」  優しい声音なのに、レンズ越しの目は笑っていない。むしろこのまま隆則を食い潰そうとするかのような獰猛さを孕んでいる。 「ぁ……」 「支度をしてきますのでここで待っていてください。すみません、この後五十嵐さんをお借りします」 「わかりました。では自分はここで失礼します。今日はありがとうございました」 「こちらこそ、ご足労いただきありがとうございます」  早々と元後輩を笑顔で追い出す遥人に、元後輩も気にしまいとしているのか隆則に「明日連絡をします」とだけ言いおいてブースから出ていった。 「まっ待て!」  伸ばした手をまた遥人に掴まれる。 「待っていてくれますよね……隆則さん」  恐ろしいまでに低い声に喉が硬くなりすぎて開いた口から空気を漏らすことすらできなくなった隆則は小さく頷くことしかできなかった。それだけで満足したのか今まで厳しかった視線がふわりと和らいで隆則の知っている遥人の物へと戻る。 「すぐに戻ります」  デスクの上に出した資料やパソコンを素早く片付けて颯爽とブースを出ていくワイシャツを纏った後ろ姿は別人のようで、あの頃の遥人はもういないのだと知らしめるようでもあった。シャツ越しにでも逞しさが透けて見えるが、以前よりもわずかに細くなったような気がする。 (大丈夫……大丈夫だ、ただ食事をするだけ……何も起きない)  期待しないよう自分に言い聞かせて、いつ遥人が戻ってくるかわからないからと慌ててパソコンを片付ける。着てきた服も詰め込んだ鞄は異様に膨らんでいてみっともなくて、どうにか細くならないかと何度も形を変えるために左右を叩いて整えようと無駄な行動をするのは、動揺しすぎて余裕がないから。雰囲気の変わった遥人にあれから時間が止まったかのように変わらない自分が恥ずかしい。

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