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第18話-8

 今日だってスーツを買わなければ着古したアイロンもかかっていないシャツにチノパンというラフな格好で幻滅されたことだろう。 (服、買っておいてよかった)  これ以上彼に嫌われたくないと思ってしまうのは、まだ好きだからだ。  離れてもう一年以上も経つのに、心までもがあの時から止まってちっとも整理がついていない。仕事を必死で詰め込んで忘れる努力をしたはずなのに、あの瞬間から何一つ成長していない自分がいるだけだ。心も身体も。  未だ彼に恋をしたまま枯れずに根を張り続ける遥人への想いを抜き取れないでいる。  根こそぎ抜いてしまったなら今、これほどまでに動揺しないだろう。むしろ立派になった彼の成長を喜び笑顔で声を交わせた。 (なんでこんなにも俺って駄目なんだろう)  期待しない、絶対に期待なんかするなと自分に強く言い聞かせていると、言葉通り最短で戻ってきたのだろう淡い色の上着を羽織って手には薄いカバンが握られている。まもなく梅雨に入ろうとしている気候に見合ったさわやかさを醸し出す遥人に反して、打ち合わせと事前に伝えたせいで重い色を纏って重いカバンを肩に下げる自分とは酷く不釣り合いだ。 (もともと遥人は格好良かったからな、釣り合ってなくて当然だ)  自分を納得させ何とかいつもの自分を取り戻そうと必死になる。誰にも愛されず恋人なんて夢のまた夢、一人で薄暗い部屋の中を静かにキーボードの音だけ鳴らしてひっそりと生きていく、そんな自分に早く戻れ。一時の奇跡にしがみ付くのではなく、ありのままの現状を見つめろ。どう考えたって遥人の隣に自分は相応しくない。きっと彼も分かっているはずだ。今はきっとあの子と幸せな日々を過ごしているはずなんだから。  そう何度も自分の心に訴えかける。 「では行きましょうか」 「ぅん……」  俯けばずっと切っていない前髪が視界から彼を隠し、綺麗に磨き抜かれた靴だけを目で追って後に着く。  先導する遥人の足を追い続けビルを出るとその足が止まった。右足はまっすぐ前を向いているが左足は横になっている。  どうしたのだろうかと顔を上げればこちらを振り向く遥人の肩があった。 「……はぁ」  ため息にまたビクついた。日が長くなった季節の沈みゆく太陽が照らすビル街にあって、隆則はどこまでも異質だろう。いくらお仕着せのようなスーツを身に着けていても浮いている実感はある。誰もがスーツを身に着け格好よく闊歩する街の中の異物を、遥人も違和感を持って見ているに違いない。

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