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第18話-11
ここしばらく味わったことのない満腹感は自然と隆則の表情までもを変えさせる。強張った筋肉が綻びいつの間に笑顔になっていることに隆則は気付いていない。遥人が箸を止めそれをずっと眺めていることも。
「ごちそうさまでした」
幸福感に浸ったまま昔のように作ってくれた感謝を述べる。
「お粗末様です」
遥人も当たり前のように返し立ち上がった。昔のように隆則の前から使った食器を片付け、当たり前のようにお茶を用意する。そしてまた自分の席に戻って食事を続けた。
リラックスしたまま温かいお茶を啜る隆則に、唐突に遥人は切り出した。
「どうして出ていったんですか?」
今までの弛緩した神経がビックリして飲み込もうとしたお茶を気管に紛れ込ませる。ゴホッゴホッと急き込んだ隆則の口元をポケットに入っていたハンカチで抑え、背中をさすっては落ち着かせようとする遥人は、咳き込みが落ち着いた隆則にまた問い直した。
「何が嫌だったんですか? 俺、隆則さんの嫌がることしていたってこと、ですか?」
「ちっ……違う! そうじゃないんだ……」
「では、何も言わずに急にいなくなったのはなぜですか?」
問いかける言葉は穏やかで怒りは微塵もない。ひたすら隆則を安心させるように背中をさすりながら回答を待っている。後ろめたい隆則はまた首を垂らし、視界を髪で塞いだ。
「教えてください、俺の何がいけなかったんですか?」
「……ごめん」
「謝って欲しいんじゃありません。どうしてかを知りたいんです、そうでなければ俺が先に進めないんです」
どういう意味なのだろうか。遥人がなにを求めているのかわからない。先とはどこなのだろう。進むとはどこへなのか。
ハッと最悪な状況が閃き、慌てて遥人の顔を見た。
「もしかしてあの子に振られそうなのか? 男と付き合ってたって知って別れ話になっているのか?」
「……あの子って誰ですか?」
「お前が渋谷で一緒にいた可愛い女の子! 付き合ってるんだろ?」
前のめりな問いかけに遥人の表情は疑問符が飛び交っているようだ。
「ほら、ふわふわな服とジーンズの……渋谷でデートしてるの見たから。隠さなくていいから」
「……それいつですか?」
「九月。クライアントの打ち合わせの日に……っ」
背中を撫で続けていた手が力いっぱい肉のない肩を掴んだ。
「俺が浮気してるってそう思ったんですか」
「いたっ……浮気じゃなくて、あの子が本命、なんだろ? だから……あの後から急によそよそしくなって……いたい……」
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