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第21話-3

 この扉には軽いトラウマがある。開けてまた何もない空間だったらといつも手が震えるのだが、未だあの日の出来事を恐怖に思っているなど隆則に知られたくなくてノブを強く掴んでから自分を落ち着かせるために何度も深い呼吸を繰り返す。 (大丈夫、もういなくなるなんてないから)  思いながらも、扉を開く瞬間はいつも怯えてしまうのを止められない。隆則がいなくなった間、毎日のように開いてはあれが現実なのか夢なのかを確かめて絶望に襲われた。二度と会えなくなるのではとも考えた。心配で不安で何度も胸が締め付けられた。 (あの人は自分から戻ってきたから大丈夫だ)  戻ってきてから三年、一度も彼がいなくなったことはないし、これからもない。そうならないために気持ちを繋げてきたのだ。 (だから、大丈夫)  ノブを回して音を立てないように開き、薄暗い部屋の中でぼんやりと浮き上がる画面の前の椅子に座る小さな頭を確かめて込めていた力を抜いた。  一度閉じてからノックしてもう一度開く。 「……隆則さん、ご飯できましたよ」 「あっもうそんな時間?」  慌てて顔を上げた隆則は変わらず目の下にクマがくっきりと住みつき今にも死にそうな顔をしている。 「仕事、終わりそうですか?」 「うん……あとちょっとで終わる。……いつもありがとう」  小さな謝辞に勝手に口角が上がる。 「どういたしまして。おじやが冷める前に来てくださいね」 「おじやっ! 分かった、すぐに終わらせる」  こんな当たり前なやり取りすら幸せに感じる。二人でいられる時間がずっと続きますようにと祈りながら、隆則が仕事をしている間にと投げた服を片付け部屋着に替える。そして仕事部屋から出てきた隆則と一緒に食事だ。どうやら早く仕事を終わらせて遥人のためにご飯を作ろうと思っていたようで恨み言を並べているが、遥人は笑顔で聞きながら「その前に帰って来られて良かった」とこっそり安堵する。どうしても遥人に何かしたいらしいが、帰ってきたら家が火事になってるなんてシャレにならない。火事で家を追われるのは一度で充分だ。 「もうすぐ年末年始だけど、今年はどうするんだ」  猫舌の隆則がフーフーと掬ったおじやに息を吹きかけながらすぐに口に含んで「あちっ」と匙を戻した。食べるのまで不器用で、つい「あーん」とさせたくなる。やったら確実に拒否されるだろうが。  ここに住むようになってから一度も正月に実家に戻っていない。実家へのあいさつよりも隆則との姫はじめを重視してしまい、疎かにしてあっという間に五年だ。

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