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1.ミナミのタスマニアデビル⑦

 ヤクザの世界は任侠だけじゃない。時には人を籠絡し、騙す度量も必要。騙されるやつが悪い、そんな世界だ。  けど、あまりにも思ってたのんと違う。庄助は大量のおしぼりの入ったプラケースを、耐えきれずに音を立てて店の床に置いた。 「お兄さん新入り? あのさあ、開店前に来てくれないと困るわけ。うちはキレイな女の子とお酒飲んでもらって楽しむお店なの、夢を売ってるの。言いたいことわかる? ガラの悪い男が出入りしてるの見られたら印象良くないのわかんないかなぁ」  キャバクラの若い男の店長が、いかにも見下したような口調でそう言うので、庄助は頭の中でそいつの顔面を滅多打ちにしつつ、えらいすんませぇん、と答えた。 「東京は大阪なんかと比べ物にならないくらい道路が混むんだよ。それも踏まえて逆算して時間通りに届けてこそ社会人でしょ、高校卒業してるんだよね?」 「ほんまですねえ、いや勉強さしてもろて……あ、おしぼりここに置かせてもらいますぅ」  店長の鼻の骨は砕け、血を噴出させながら何か言っている……想像をする。庄助は口の形だけでニコニコと笑った。ホールとキッチンを仕切るカーテンの向こうで、華やかなドレスを着た女の子たちが客に酒を注いでいる。ええなあ、俺も接客されたい。庄助は思った。 「ユニバーサルインテリアさんとは長い付き合いだから俺はわかってるけどさあ、お兄さんは知らないじゃん? 気をつけたほうかいいよ、そんな誰にでもできるような仕事で……」 「や~っ仰るとおりです! ほな、すみませんけど、次の配送があるんでぇ」  空になったおしぼりのケースの角で、店長の顔面を殴る。口元を何度も打ち据え、前歯が全部折れてそこらに血と唾液とともに飛び散る。  庄助は入口のところから助走をつけて、ふらふらになった店長の胸元にドロップキックをした。店長はカフェカーテンの向こうまで吹っ飛ぶ。  背中からボトルの棚に突っ込み、高い酒やシャンパンが割れる。辺りがアルコールの匂いに包まれ、それを見ていたキャバ嬢たちが、キャーッ! と、恐れおののいて悲鳴を上げる。阿鼻叫喚……と、そこまで妄想しながら、庄助は店の外の狭い車道脇につけた作業車に勢いよく乗り込んだ。 「おかえり」  運転席の景虎は、暇つぶしに読んでいた哺乳類図鑑を閉じて後部座席に置いた。

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