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1.ミナミのタスマニアデビル⑥

景虎の住むアパートは、築年数もかなり経っておりお世辞にもキレイとは言えなかったが、逆にそれが友達の家に遊びに来てる感があって庄助にとっては新鮮だった。  アパートの二階、雨で濡れた外付けの階段をのぼる。奥から二番目の部屋、もともとは薄いグリーンであったであろう煤けた色のドアに、勢いを弱めない雨から逃れるように二人で身体を滑り込ませる。庄助は物の少ないワンルームの景虎の部屋に辿り着くなり、荷物をほどきもせず酒とつまみをテーブルに並べはじめたのであった。 「んじゃ、カゲはあ……昔からヤクザやったってことなん?」  3本目のビールを飲み干してしまう頃には、庄助はすっかりできあがっていた。酒は好きだが、全く強くはなかった。 「カゲっていうのは俺か?」  一方の景虎は全く顔色を変えずに、ビールを片手に惣菜のポテトサラダを食べている。近くのスーパーで庄助がチョイスして買ってきたものが、丸いローテーブルに所狭しと並べられている。 「せやで~。よう考えたら、組長はカゲと友達になってほしいって言うてたんやんな? そしたら、兄貴って呼んだり敬語使ったりってのは、ちょっとちゃうやん」 「チョットチャウ、のか?」 「そっ。チョットチャウ、ねん!」  庄助はへらへらと笑った。ものの一時間ほどですっかり馴れ馴れしくなってしまい、すでに先輩後輩もへったくれもありはしなかった。  レンジで温めたチキンナゲットを奥歯で噛み潰しながら、庄助は血中を巡るアルコールに理性の舵を委ねてゆく。昨日夜中まで荷造りをしていたことや、新幹線での移動が地味に堪えているのか、手足がぽかぽかと暖かくすでに眠かった。 「庄助はどうして、わざわざヤクザなんかやりたいと思ったんだ?」  まるきり朴念仁だった景虎も庄助の人懐こさに少し絆されたのか、それともビールのせいなのか、ぽつりぽつりと口数が増えてきた。年齢は27だと告げられると、4つしか離れてないし実質同い年やん、と庄助は嬉しそうだった。 「そりゃ……男に生まれたからにはケンさんに憧れるやろ」 「誰だ?」 「好きやねん、任侠映画が昔から……カゲは、そういうの観いへん? ああいう、かっこいい男になりたいって、ずっと思ってんねん」 「映画に憧れてこの世界に……?」  景虎は箸を置くと、 「庄助はバカなのか……?」  と、感嘆の声をあげた。蔑みではなく、あまりのことに心が震えたとでも言いたげな顔をしている。 「バカって言うな。……まあ、俺確かにアタマ悪いし気も短いし、スーツ着てサラリーマンとか絶対無理やしなって」 「そうか? 法に触れるか触れないかだけで、基本的にはどっちも変わらんと俺は思うが」 「ん? カゲってけっこう喋るんやな? なんなん、人見知りしとったん?」 「……どうだろうな」  眉を片方だけ上げて、景虎はほんの少しだけ笑った。鉄仮面みたいな景虎の口元がほどけるのを目の当たりにして、それだけで庄助はすっかり嬉しくなってしまう。いいヤツかもしれんと思った。 「まあ、俺が来たからにはカゲも安心してええで。腕っぷしには自信あるんや」  そう言うと胸に拳を当てて、庄助はなぜか誇らしげに鼻を鳴らしてみせた。 「そうなのか」 「これでも大阪に居てるときは、ミナミのタスマニアデビルって呼ばれて恐れられとってんで!」 「タスマニアデビル……」  景虎は、黒い体毛を持つ小さなその遠い国の動物の姿を思い浮かべると、改めて庄助の顔を眺めた。  なるほど、そう言われれば。タスマニアデビルの目の上、眉に見える白い斑点が、庄助の生意気そうな短い眉に似ている気がするし、笑ったときに見えるひときわ尖った犬歯は、獣のキバのようだ。それよりなにより。 「ふふっ、タスマニアデビル……!」 「な、なにがおもろいねん、デビルやぞ!」  キャンキャンと吠えるような口数の多さが、確かに小さな動物のようで可笑しい。景虎は今度こそ本格的に白い歯を見せて笑った。  見慣れた部屋の窓の外で未だ降り続く雨を、景虎はどこか新鮮な気持ちで眺めていた。

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