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1.ミナミのタスマニアデビル⑧

「あの店長マジでクソ! クソーっ!」  悔しいといった感情を隠さず、庄助は助手席に座るなりジタバタと怒った。ばんばんと足元を踏み鳴らして怒る様を見て景虎は、ウサギも怒ると足踏みするな、と思った。 「遅刻のことを言われたのか」 「うん。そら遅刻はこっちが悪いけど、工事で道混んでるって事前に連絡したし謝ったし、俺の人格まで否定するほどのことか!? めっちゃムカつく!」  念願のヤクザ(の下っ端)になった庄助は、キャバクラやホストクラブやスナックに、おしぼりの配送をしていた。ヤクザになれば他の組と抗争したり丁半博打をしたり、なんかそういった毎日を送るんだろうなとふんわり考えていた庄助だったが、実際は全く違った。そもそも、兄貴分の景虎や国枝が所属しているのは、企業の体裁を取った普通の会社なのである。 「つーかこんなんヤクザの仕事じゃないやん」  暇さえあれば、庄助は仕事内容について憤慨していた。  庄助が形式的に入社した"株式会社ユニバーサルインテリア"は、織原組のフロント企業で、主に店舗や法人向けにレンタリースを営んでいる。オフィスなどに置くウォーターサーバーから病院や介護施設のリネン類、スナックやラウンジ向けに絵画や造花などの調度品やおしぼりなどの貸出を幅広く行っている。庄助はその配送と営業をやることになった。  本来は組の隠れ蓑、ダミー会社のひとつとして設立されたものだが、国枝が幹部になって数年、ダラダラと片手間にやっている間に、運良くなのかもともとの彼の才覚なのか、普通の会社として通用する実績を持ってしまった。かといって完全な優良企業かというと決してそういうわけではなく、織原組の息のかかった業者から安く買ったものを、高めのマージンで貸している。  他と値段を比べる術を知らない情報弱者向けの商売と言えるが、ホットな層は実は老人だけではなく、若い経営者にも「他社と値段を比べるのが面倒臭い」という人間はたくさんいて、そのカネが積もり積もって大金になるのだ。地味だがヤクザらしい隙間産業ともいえる。 「言っただろう、ヤクザもサラリーマンと変わらないって」 「はぁ。せっかく東京まで出てきたのに。こんなんサラリーマンのがマシかもしらん……」 「そんな顔するな。そうだ、事務所に車を置いたら晩飯でも食うか」 「ほんまに? カゲのおごり? じゃあラーメンがいい!」  ぶすっとふてくされていたかと思うと、すぐに目を輝かせる。庄助の仕草はまるで、小動物のようだ。成人している男なのに、表情やリアクションがいちいち大げさで幼い。  事務所近くのラーメンチェーンにするかと景虎は提案したが、大阪で食えるようなもんを食ってもつまらんからネットで調べる、と庄助は言った。スマホのブルーライトに照らされる庄助の頬は、横から見ると子供のようなプニプニとした丸みを帯びている。 「ここ評価けっこういいやん、魚介系ベースの醤油ラーメンやって。カゲが嫌いじゃなかったらこの……ん、なに?」  信号待ちの際に庄助の頬や耳を見ていたら、視線に気づいたようだ。  ぱちぱちと訝しげにまばたきをする庄助の大きな瞳に見つめられて、景虎は思わず言葉に詰まった。目をそらして、もうすっかり暮れた夜の道路に視線をやる。

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