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2.ハイエナと疫病神③
「絶対に車から出るなよ」
「なんで。イヤや」
助手席で頬をふくらませる庄助の横顔を見て景虎は思った。リスみたいだな……じゃない、このクソガキ。
ガードレールに沿ってバンを停めた。5メートルほど前方、工事現場をぐるりと囲む遮蔽板の切れ間に黒いアルファードが停まっているのが見える。どうやら出入りする重機の搬入口を塞いで、嫌がらせをしているようだ。
「ウチはもう先方から金をもらってるんだ。余計なことをして組の信用を落としたらどうする」
織原組はすでに、建設業者からみかじめ料をもらっている。それはつまり、この場に関する揉め事は自分たちが引き受けるということだ。
「カゲは心配しすぎやって。この前は何もできへんかったけど、俺だって喧嘩には慣れとんねんぞ」
「何度も言うが、俺はここに喧嘩をしにきたわけじゃない。いいか、今からあの車まで行って、できるだけ穏便に話をつけてくる。お前はここで大人しく待っててくれ」
「どんな話するんか聞きたい!」
「お前……国枝さんに迷惑かけませんって言ってただろ」
「でも、俺はカゲみたいに強いヤクザになりたいもん。ちょっとくらい参考にさせてもらってもええやんか」
あくまで言うことを聞かない庄助に辟易する。景虎は頭を抱えた。ふと、右の方からコツコツと音がした。顔を上げる。
「最悪だ」
景虎はそう声に出した。ピラーの部分を拳で軽く叩く音だった。二人組の男がニヤニヤしながら、車の中を覗き込んでいた。一人はパンチパーマで眼鏡の男、もう一人はレスラーのような体型の角刈りの男だった。どうやら庄助と揉めている間に、アルファードから降りてきたらしい。景虎は庄助に静かにしてろと小さな声で言うと、ウインドを少し開けた。
「痴話喧嘩か? 兄さんたち」
パンチパーマは薄ら笑いを浮かべている。
「あの黒い車、あんたらのか」
景虎は静かに問いかけた。
「そうだけど?」
「あそこに停めてあったら、他の車が出入りできない。退けてもらえるか?」
「兄ちゃんや。そんな運転席に座ったまんまふんぞり返って、それが人にモノ頼む態度かいな」
レスラーは庄助のものと少し違うイントネーションの関西弁で威圧した。
景虎はシートベルトを外すと、ドアを開け車の外に出た。おいカゲ、と庄助の声が聞こえたが、背中越しに、中で待ってろとだけ言い捨てた。
「工事の音がうるさいって、近隣から声があがってるんだわ」
パンチパーマは、景虎の長身を下から上まで睨めつけた。
「あんたらは近隣住民なのか?」
「あ? なんでそんなことお前に教えないといけないんだよ」
「待てや、こいつアレや。織原の……」
レスラーは景虎の顔を指した。
「なんだ。その顔、どっかで見たことあると思ったら、“織原の虎”か。相変わらず男前だねえ」
「……わかってるなら話は早い。ここは退いてくれないか」
「こんな若いの差し向けるとか、ナメられたもんやの」
「若かろうがなんだろうが、代紋は背負ってるんでな」
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