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9.デビル、めざめる⑦*
「なに……?」
「俺はお前がやっぱり好きだ」
あまりに真っ直ぐな言葉だ。庄助は目線を泳がせた。
「えと、俺……」
「あ……困らせてすまない。気持ちをぶつけていいのか、これでも迷ったんだ。だから、庄助もすぐに返事しなくていい」
存外、まともなことを言う景虎に、庄助は余計に戸惑った。景虎の人差し指が、そっと頬の涙を拭う。……俺だって別に嫌いじゃない。好きって言われるのは嬉しい。庄助もそう伝えたかったが、好意を素直に受け取って言葉で返すことに、どうにも気恥ずかしさがある。
「……うん」
しかし、せめて気持ちには報いたいと今度はしっかりと景虎の目を見て頷いた。
景虎はやっぱり、かっこいい顔をしている。微笑むのに慣れていないであろう口元を柔らかく綻ばせる景虎を見ていると、じわりと、胸の中が言いしれない気持ちでいっぱいになる。
「正直、出せば落ち着くかと思った。でも違うんだ、出してもちっとも萎えない」
柔らかい笑顔で突然下品なことを言い出した景虎に、庄助は目を丸くした。
「は?」
「もう一回ヤりたい。つまりこれは、庄助のことが好きだからだ。そうだろう?」
そう言うと、興奮したのか、突き刺さっていた景虎のペニスがまた尻の中でじわりと膨らみはじめる。景虎は、慌てて逃げようとする庄助の骨盤を掴んだ。
「ふあ……っ!? おい、もうあかん、ホンマに!」
バテていた。風呂場からずっとしつこく愛撫されて、挿入するまでにもだいぶ泣かされている。前にした時も思ったが、景虎はちょっと絶倫すぎる。抜かずに何発もやろうとするのが、もうそもそも信じられない。性欲も体力も、何もかも鬼みたいだ。
「ひう……っ、ぬ、抜けって……!」
ゆるく動かされると、きゅっと中が締め付けてしまう。もう射精欲はないのにも関わらず、また熱がこみ上げてきてペニスがじわりと芯を持つ。
景虎と会うまでは知らなかった、おかしな快感を覚えさせられている。庄助は不安になってしまう。こんなふうに、男に抱かれることでしかイケなくなってしまったら、と。
「いいな、こうやって顔見ながらチンポ挿れるの」
景虎は庄助の頬に熱い息を吹きかけながら、そのくるくる変わる表情を見るために上体を起こした。嫌がって睨みつける顔、泣いて苦痛を我慢する顔、快感に蕩けそうな顔、絶頂を繰り返して呆けている顔、いずれも全部大好きだ。もっと見せてくれとばかりに景虎は、庄助の小さな乳首を摘み上げると、またゆっくりと腰を振り始めた。
「んぁ……もっ、もういやや! むり! ケツが擦り切れる!」
庄助は首を振りながら景虎の刺青の胸を押し返した。手の甲にいくつか、今日ついた真新しい擦り傷がある。手を取り、そこに口づけて言った。
「ふふ、じゃあ思いっきり優しくしてやろうか」
「う……やっぱキモい、雑にしろ」
「ワガママだな」
「うっさい!」
顔を見られたくなくて仕方なく景虎に縋りつくと、首の太い血管が透けて見える。青白くてひんやりとしたイメージの景虎の肌の下に流れる、熱い血液を思い知る。
身体を寄せてきた庄助に応え、身体を密着させながら腰を動かした。ぐずぐずにぬかるんできた胎内が気持ちいい。お互いに、とっくに癖になっていた。
「なあ庄助。庄助は俺のものだ……」
「んはっ、アホ……っ、んっ、あん……っ」
無責任なことを言ってくれる。じゃあお前は? ずっと俺だけのものになってくれるんか?
不規則な律動にゆらゆらと揺れながら、庄助は思う。誰にも懐かない孤高の虎が、自分だけにすり寄ってくるのはきっと気持ちがいいだろう。けど、こんな仕事をしているからには、仲良くなって離れ難くなった頃に死んでしまうことだって十分にあり得るのに。
「……カゲ、カゲ……あ、あっ……!」
庄助はふと、怖くなって景虎の背に手を回した。そんなのは考えても仕方ないことだとわかっている。でも、だったら、自分もできることをしたい。ただ黙って喰われるのを受け入れるだけじゃなく。
燃えるように熱い息を、噛みしめた犬歯の隙間からひとつ吐き出して、庄助は汗の滴る鮮やかな刺青にひそやかに爪を立てた。
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