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【番外編】テストステロンのロマンス①
2月と8月は、水商売の閑散期だ。
ニッパチと呼ばれるその時期のあおりを受けて、庄助たちのレンタリース業も月初から暇なものだった。
寒いし、晩飯にラーメンでも食べよう。
ダラダラと仕事をして、遅めの時刻に事務所を出た庄助と景虎は、繁華街に足を運んだ。
しかし、たまたま出くわした抗争相手、川濱組の若い衆の二人組に因縁をつけられて一悶着。
近くにあったアクリルの電光看板が、揉み合った際に倒れて割れた。相手は、無惨に割れた看板の枠を持ち上げ、庄助に殴りかかろうとした。
とっさに庇いに入った景虎の手のひらを、薄く尖ったアクリルが、看板の枠の重さを載せて引き裂いたのだった。
他人の皮膚の中身をまともに見たのは、もしかしたら初めてかもしれない。
景虎の右の手のひらに、ばっくりと開いた裂傷。
今にも舌を出しそうなその深い傷口を見た庄助は、危うく気絶しそうになった。
手のひらを真横に走る断面の、ぬめった:退紅 色の肉から溢れる赤。
官能的で鮮烈な赤さは、きっともう一生忘れられそうにない。
慌てた庄助に連れられ、裏社会の人間御用達の夜間救急に駆け込んだ。命に関わる傷ではないからと、看護師に雑に消毒をされても、医者にうんざりとした顔をされ、傷口を無麻酔で縫い合わされても、景虎は眉一つ動かさなかった。
それどころか、まるで痛覚など存在していないかのように、裂けて血の滴る拳で川濱の二人組を逆に血祭りに上げていた。
いつものことながら、化け物みたいで恐れ入る。カチャカチャという医療器具の音を聞くだけでも、庄助は目と耳を塞ぎたくなっていたというのに。
痛くないのかと聞くと、「痛いに決まってるだろ」と、景虎は言った。
「痛いと声を上げても、何も変わらないから言わないだけだ」と。
痛いとか暑いとか眠いとか、快不快を何も考えず口に出してしまう庄助には、なんだか納得がいかなかった。
治療を終えて家に着いたのは、日付が変わる少し前だった。
血と煤で汚れた服を脱いで、洗濯かごに入れた。咄嗟の止血に使った庄助のロンTは、病院に着く頃には血でガビガビになってしまって、その場で捨てざるを得なかった。上着にインナーだけで帰ってきたけれど、今日が比較的暖かい日で良かったと庄助は思う。
「なあ、そういえば俺らラーメン食ってない」
ドタバタしていて忘れていた空腹が、家に帰って一息つくと蘇ってきた。
「本当だな」
さして興味なさげに、景虎は相槌を打った。怪我をした右手の、ガーゼの上からきつく包帯が巻かれているのを、他人事みたいに見つめては、時々掌を開閉させている。
「嘘やん、冷蔵庫なんもない。米も炊いてない」
着替えかけのスウェットをだらしなく腰に引っかけて、冷蔵庫を覗き込む。見事に何も無い。いや、あるにはあるが、半玉だけ残ったうどんの玉、食べかけのチョコレート菓子、ロースハム2枚、何らかのタレ、きざみねぎ、わさびチューブ、解熱用の坐薬など、使えないものしか入っていない。
「ん~コンビニ行ってこよか」
パタンと冷蔵庫を閉めて、庄助は景虎を振り返った。ソファベッドに腰掛けて、利き手ではない方の左の手で、シャツの前のボタンを外している。
庄助は少しだけ考えて、景虎の前に立ちふさがった。
「俺がやったるわ」
「ん……?」
「脱ぐの手伝うって言うとんねん」
ぶっきらぼうにそう告げしゃがみ込むと、景虎のシャツの前を掴む。
ブラウンのツイル生地に印刷された、首の長いシカのようなキリンのような動物は、景虎いわくジェレヌクという動物らしいが、庄助は名前を聞いたことすらなかった。
相変わらず、どこで買ったんだと聞きたくなるような服を着ている。
ボタンを外していくと、刺青に彩られた胸筋や、きれいに割れた筋肉質な腹が現れる。
見慣れているはずなのに、自分が脱がせているというシチュエーションが気恥ずかしく、庄助はなるべく見ないようにした。
「あのよ、いつも言うてるけど……。ああいう時、庇うのやめてくれって」
顔を伏せ、拗ねたような声音でそう言うのを聞くと、本当に庄助は子供っぽいなと、景虎は思う。情緒が思い切りガキのくせに、素直じゃないからたちが悪い。
「あのままだと、お前が怪我してただろう」
「ええねん、それで! 喧嘩は身体で憶えへんかったら、強くなれんやんけ。邪魔すんな」
「ほぉ」
手首を掴まれ、庄助は身体を竦ませた。
景虎はそのまま、自らの裸の胸に庄助の掌を押し当てる。
「あ……!」
「こんなにガタガタ震えてるくせに、何が喧嘩だ」
景虎が怪我をしてからずっと、手から腕から小刻みに震え続けていたのがバレていた。
「震えてないし! 震えてたとしても、これは武者震いやし」
実際、怖かったのもあるが、それだけではない。闘争時の緊張がずっと続いていて、それが今やっと緩和してきた。その反動で末端に震えがきている。文字
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