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【番外編】テストステロンのロマンス②*

 景虎の薄い皮膚の下、弾力のある筋肉の継ぎ目から、どくどくと心臓の鼓動を感じる。先ほど見た景虎の真っ赤な血を思い出すと、庄助は怖いようなときめくような、不思議な気持ちになった。  景虎が自分と同じ人間だということを、時々忘れそうになる。人間離れした強さとタフさに、いつも驚かされているから。 「放っておけるわけないだろう。お前がもし、怪我でもしたら、消えない傷が残ったら」  また手を取られて、今度は指先にキスをされた。景虎の形の良い唇が、自分の爪を食むのを見るとドキドキして、庄助の頭の中はまるで真っ赤な苺ジャムみたいに甘く煮詰まってくる。 「相手のことも、自分のことも、きっと俺は許せなくなる」  自分勝手だ。腹が立つ。  景虎は自分のことばかりだ。  さっきから俺が、不甲斐なさに何回も泣きそうになってたこと、知らんやろ。お前が怪我して悲しくて、弱っちい自分がいっそう嫌いになりそうになってることも全部、知らんくせに。  ふつふつと沸き立つ。大きな感情が目の裏で赤く波打つ。その赤さは景虎の血と同じなはずなのに。 「そんなん……お前ばっかずっこいやんけ」 「何を怒ってるんだ」 「なんでわからへんねんアホっ!」  口元に優位の笑みを浮かべ、景虎は憤る庄助の手の甲にちろりと舌を這わせた。あ、と唇から声が漏れた。  舐められたところが熱くて、そこからぞわぞわした何かが、全身の毛穴に伝播して背中の毛を逆立てる。 「可愛いな、庄助は」 「アホか、可愛くないっ……ひわっ!」  指の股に舌を這わされて、庄助は腰から飛び上がった。  悔しかった。たったそれだけで、愛される準備とばかりに疼いてしまう、女のようになってしまった肉体に腹が立った。  可愛いと言われて嫌な気がしないなんて、どうにかしている。  やめろ、と、お決まりのように動く唇が、ピリピリと痺れる。  見上げてくる景虎の、長い睫毛の影や目頭の粘膜。見ていると熱くなる。まだ触れられてもいない腹の奥を突き上げるように、庄助の中の欲望がぐんぐんと頭をもたげてくる。  景虎が欲しくなる。 「いつもより興奮してるな、どうした」 「してへんっ、……どうもせえへんっ」  歯の根が合わなくなるほどの、淫靡な空気がどっと押し寄せてきて、酩酊する。  部屋の湿度がもう急に上がって、どぷんとぬるい湯の中に閉じ込められたみたいに苦しくなる。  必死に息を継ぐように、庄助は言葉を紡ぐ。 「ふざけんなホンマ、いつもいっつも」  カゲにさわりたい、むかつく。 「俺はお前の彼女やない」  心臓の音を聞きたい、くっつきたい。 「ええ気になんなよ」  獣みたいな原始的な欲求に支配されて、庄助は景虎の頬に、唇に触れる。  俺だって、噛みつきたい。 「ん……」  景虎は少し驚いたが、すぐに受け入れた。  かぷかぷと、犬歯が唇を甘噛みする。くすぐったくて笑いそうになるのをこらえた。  ここで茶化してしまって正気に戻られては困る。  景虎は、体重をかけて押し倒そうとしてくる庄助の腰を、左手でそっと支えた。 「はむ……はふ、はぁっ」  拙い口づけの合間に、庄助はイヌのような荒い息を吐く。ほの甘いその湿度がもっと欲しくなって、景虎はいたずらに唇を舐めた。いつの間にか腰に跨っていた庄助が、ぶるっと一つ大きく身震いをした。 「んう……っ」  怒りと興奮に蕩けた、熱を帯びた目をしている。気持ちはわかる。誰かを殴って殴られた日は、こうしてずっと衝動を持て余すことになるのを、他ならぬ景虎はよく知っている。  暴力と性。その衝動の根っこは、ものすごく近いところにある。少なくとも、男にとっては。  押し付けてくる唇を小刻みに噛み返す。そのたびにびくびくと反応しながらも、攻めの姿勢を崩さないのがいじらしい。庄助は思い出したように景虎のシャツを剥ぎ取ると、サワサワと肌を探った。その手はまだ少し震えている。  庄助は、景虎の胸に頬ずりすると、刺青の虎にチュッと音を立てて口づけた。あまりに蠱惑的な仕草に、景虎の目が眩んだ。 「怪我人はじっとしとけ」  掠れた声で言う庄助の金髪が、また肌の上に落ちてゆく。首筋で何度か小さなリップ音がして、ぞくんと鳥肌が立った。庄助の、外の匂いのする柔らかい髪が頬に当たる。  さっさと捕まえて裸に剥いて、乱暴に犯して泣き喚かせたかったが、景虎はぐっと我慢をした。 「カゲは忘れてんねやろ。俺が男ってこと」  いつも景虎がするように、ぎゅっと首筋に噛みつく。犬歯を食い込ませて、離して、癒やすみたいに舐めてを繰り返して、できた歯型を深く刻むようにまた噛みつく。  景虎が少し切羽詰まったように息を継ぐのを聞くと、庄助の胸にざわめきが生まれる。 「俺だってなあ……俺だって、ヤクザやねんぞ。強くてワルい、一人前の男なんやからな」  熱に浮かされたみたいになって、何を言っているのか、庄助自身もわかっていなかった。スウェットの上を脱ぎ捨てて上半身裸になると、起こした腰の下に景虎の昂ぶりを感じる。 「っあ……!」  なだらかな腹筋を撫で上げられ、乳首を摘まれて庄助は声を上げた。 「そうだな。俺は、庄助が頑丈な強い男で良かったと思ってるよ」  反撃のように指の背で上下に擦られて、腰が揺れる。ぎゅっと尻の穴が締まって、陰嚢が持ち上がる感覚に、庄助は目を閉じた。 「ふ、うぁ……っ」 「こんないやらしい身体なのに、一晩中思い切り抱いても壊れないからな」 「はあ!? おまっ、クソがよ……! あ……あ!」  カリカリと爪で引っかかれる。片手で右の乳首ばかり攻められて、もどかしさに庄助は震える。脚の間で早くも、ペニスが濡れてきているのがわかる。  下を向く顎を掴んで、熱くなってきた顔をじっと見られた。景虎の親指が、唇をくすぐるように動く。 「怪我人はじっとしてろって言ったな? だったら慰めてくれるんだろ、庄助」 「なっ……」 「“男”に二言はないよな?」  包帯を巻いた右手が、庄助の頭を撫でた。  あの血の赤さが、瞼の裏に蘇った。

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