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【番外編】ラブリーウサチャンオシオキヘブン⑥

「なるほどなるほどねぇ。まあ今回のことは俺の指示がちゃんと行き届いてなかったってのもあるけどね」  俺は背中に大量に汗をかいている。  昔ながらの喫茶店の窓際の席、硬めの椅子に座ってひたすら背筋を伸ばしている。暖房が効きすぎているのかもしれない。  目の前に温かいコーヒーが運ばれてきた。国枝さんはゆったりと椅子にもたれると、ウエイトレスのお姉ちゃんにお礼を言った。俺も追従して礼を言った。  いつもは「庄助は何にする?」って聞いてくれるし、俺はコーヒーがそんなに好きじゃないのを知ってるし、ましてやそれを忘れるタイプの人でもないのに、今日はお店のお姉ちゃんに「ホット二つね」と入るなり注文して有無を言わせなかった。死んだと思った。  このコーヒーの色のように昏く深い夜の海へ、お前を沈めるぞという暗喩なのかもしれないとさえ思った。 「く、にえださ……俺は」 「わかってると思うけど、あそこは仕事場であってヤリ部屋じゃあねえンだわ」 「ぴ……申し訳ありません」  余計な口を挟むなという圧。柔らかい物腰で決して怒鳴ったりはしないのに、怒っていることだけは伝わる。  俺は、国枝さんの顔を見られずに、下を向いていた。温かいコーヒーにとても口をつける気にはなれない。 「……そりゃ恋愛は自由だよ。でもヤクザ者といえど、けじめとルールは必要だろ、庄助はわかってるよな?」 「はい、もちろんです、はい……」 「返事は一回だよ~」 「はいっ!」  都内でタバコの吸える喫茶店は数少ない。茶ばんだ壁紙やメニューが、歴史を感じさせた。  国枝さんがタバコを咥えた。慌てて火を点けようと身を乗り出した俺を、片手で制して自分でジッポをこすると、最初の一口を深く吸い込む。肺の中を満たした煙を、ふっと吐き出した。  こんな時になんだけど、煙の吐く先からタバコを持つ指先までがすーっと一本の線になっていて、仕草が流れるようでなんだかきれいだと思った。  国枝さんは決して鼻から煙を出したりしないし、こんな仕事の人なのに謎の品があるのがいつも不思議だ。 「ま、でも景虎のやつ妙に鋭いっていうか。昔からなんだけどアレって野生の勘かね」 「ん……と、すみません。なんのことですか?」  国枝さんのスティックシュガーの封を切る指の爪が、まあるく整っている。何を言っているのかわからなくて、俺は焦った。水のグラスがうまく掴めない。 「あれ、景虎から伝わってないの? ヘルプに行った店のあの店長あるでしょ、あいつね~、こっそり売り上げガメてたから、埋め……クビにしたんだよね」 「ええ……?」 「正規で雇ってない臨時のヘルプの子に、ティッシュ配りだけ、店の中まで案内するだけの仕事とか言って、そのまま客をとらせたりしてたんだよ。そしたらさぁ、その分って出納帳には書かないじゃない? せこいけどそういう数万円をちょこちょこせしめててさ」 「ん……? んんっ? それって……」  嫌な予感がした。国枝さんは、ふっと唇の端を吊り上げて笑った。 「そもそもさ、俺は庄助にあんな格好させろなんて言ってないの。寒空の下で、鬼じゃないんだからバニー着ろなんて言わないよ~。ちゃんとあったかいウサギの着ぐるみを用意してたんだぜ?」 「えっ、それじゃあ……」 「そういうこと。あのバニースーツはあいつの趣味。エロい格好させて釣って、客が入ったらそのまま流れでプレイって感じだね」 「ん? 俺、男ですけど……」 「ん? 今更そこ気にするの?」 「えええ嘘やろ~~!?」  カゲの言うことはあながち間違ってなかった。俺はまんまとあの店長のおっさんに、変な格好させられたあげく客まで取らされそうになっていたらしい。  頭を抱えた俺を見て、国枝さんはようやく破顔した。 「あっはは。まあ組織の膿を出せてよかったよ。だからこそ今回はあれだけめちゃくちゃやった景虎を、極々軽いお仕置きですませてやってるんだし」 「あ~~~……」  長年のタバコのヤニで烟った、大きな窓ガラスの外を見た。道路を挟んだ向こう側、やたら背の大きなトラの着ぐるみが、「高収入!」と派手な色の文字で書かれた看板を持って手を振っている。  大きなトラは、時折通行人にからかわれてちょっかいを出されながら、それでも健気にぺこぺこと頭を下げていた。やんちゃそうな子供に足を蹴られてよろめいているのを見て、俺はとうとう吹き出してしまった。 「あいつええ気味や。めっちゃ似合ってる」 「ふふ、ところで庄助さあ……」  突然、国枝さんが俺の手の甲をトントンと指で叩いた。びっくりして飛び上がった、一瞬死んだと思った。どんだけビビっとんねん。 「なかなか可愛いじゃん。今度この格好で営業行くぅ?」  国枝さんが差し出してきたスマホの画面にはSNSのアプリが立ち上がっていて「新宿にバニーボーイいたんだけど」という一文が見えた。  果てしなく嫌な予感に震える指でスクロールすると、夕刻の新宿の繁華街をバックに、見覚えのある金髪の頭とウサギの尻尾つきの尻の写真が載っていた。すでに数百件拡散されてしまっている。後ろを向いていて顔は写っていないとはいえ、俺は青ざめた。 「ひゃわ……」  叫び出したいのを、口をおさえてなんとか堪えた。国枝さんは涼しい顔でホットコーヒーを飲んでいるが、俺は今度こそ、わりとガチめに本当に死んだ。

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